『星のない空の下で』連載番外編小説。
むきりょくかん。に戻る。
現在は『星のない空の下で
平凡編』でするん。
読む場合は、本作『星のない空の下で』をプレイしとくことを薦めます。
注:本編との記述と合致しない部分が多いですが(本編では電車で行っていただの、メンツが10人だの)、
その違いに関しては、謝る以外はありません(何)
1.
みぃ〜ん、みぃ〜ん・・・。 どこかで、具体的に言えば私の部屋の窓の向こう3メートルで蝉が鳴いている。 容赦なく、たぶん殺意まんまんで降り続ける太陽光線も、私が暑さから逃げるように食べてるスイカも夏だからだ。うん。 「・・・暑い」 目の前で熱気に茹だっている友人、楠木遙彼氏いない歴18歳がうんざりと言った声をあげる。 ・・・うん、まぁ確かに私も汗だくだ。夏だし。 「・・・・・・・・・」 みぃ〜ん、みぃ〜ん・・・。 沈黙する二人を無視して蝉が鳴きまくる。正直、ちょっとうるさい。 「・・・有希。もう一度聞くけど、冷房は・・・?」 冷房巡査を見上げると、いい具合にラケットの刺さった破壊的オブジェが見える。 「・・・・・・・・・」 みぃ〜ん、みぃ〜ん・・・。 相変わらず蝉が鳴きまくっている。気持ちは分かるけどもうちょい落ち着け、蝉。人生恋愛だけじゃないぞ、蝉。 「・・・ねぇ有希?確か私に用事があるからって呼び出したんじゃなかったっけ?このサウナのような部屋に」 うーん、50点。サウナと言うには湿気が足りない。言うなれば汗だく男達による満員電車のような部屋だ。 「いやまぁ・・・確かにそうなんだけど〜・・・」 「・・・・・・・・・」 みぃ〜ん、みぃ〜ん・・・。 一行目に戻る。 ・・・さすがにそれは冗談だけど、さっきから同じやりとりをしている。 「実はね〜・・・」 「私はM58星雲から来た宇宙人だったんだ」 つっこみなし。相方たるもの、つっこみのないボケがいかに辛く切ないかを知って欲しいと思う。 この切なさ、市場に売られる子牛の気分。 「どなどなど〜な〜どぉ〜〜なぁ〜〜・・・」 「実は」 「実は?」
「・・・・・・・・・忘れた」
「忘れるなぁぁーっ!!」 すぱーん! 暑さにも関わらず、遠野家常駐楠木遙専用ハリセン「華散怒羅」は爽快な音を青空に響かせていた。 「・・・あ、思い出した。今年もやるぞ〜!日帰り海旅行っ!!」 「・・・それを言うのに一時間かけるなぁぁぁーっ!!!」 すぱぁぁーん!
二度目のハリセンはさらに爽快な音を響かせていた。 積乱雲。蝉の音。八月の青空はどこまでも澄み渡っていた。 私達は今年も、海へ行く。
2.
『緒方家家訓 その12』 夕食は家族全員で食卓を囲むこと。ただし、お父さんの帰りが遅い場合は例外。
「「「「いただきます」」」」 その日は日曜日。私の家、緒方家の夕食は今日も全員揃っての食事でした。 地味だけど、どこか品のあるテーブルクロスの上には、派手ではなくても、とても手の込んだ料理が並んでいます。 そんな暖かい食卓を囲み、緒方家の夕食はいつも通りのほのぼのとした雰囲気でいっぱいでした。 暦はすでに8月。私も2つ下の弟も夏休み。 私の家族はとても旅行好きで、特にお父さんは休日を取れば旅行に行こうと言い出します。 「・・・・・・あ」 「・・・? どうした、七穂?」 話し合っている時に思い出しました。今年の夏休みは、高校生最初の夏休みは今までと少し違うのです。 「今度の火曜日、えっと・・・18日、先輩達と日帰りで海へ行くことになったんです」 そうです。今年は違うのです。私、緒方七穂は高校生になったのです。 「・・・海?」 「はいっ。海です!」 お父さんが眉根をしかめて聞きなおします。 ただ、少しだけ困った所もあります。それは・・・ちょっとだけ、ちょっとだけ過保護過ぎる所なんです。 「・・・・・・」 お父さんは渋い顔。電車で3つの駅に行くことですら止めるお父さんです。 けれども、今年からは変えなくてはいけません。そろそろ雛は羽ばたきたいのです。 「お父さん、私ももう高校生です!そろそろ私もこういう旅行をしてもいいと思いますっ!!」 「そうかもしれんが・・・だが・・・」 やっぱり渋るお父さん。 「いいんじゃないかしら?七穂も立派な高校生なんだし、折角の夏休みを家で過ごしてたら勿体無いわよねー?」 ここでお母さんが追い討ちをかけます。いつでもGoサインなお母さんです。 「ムム・・・」 「大丈夫です!お父さんの心配する、安全面において問題はありません!!何故なら、先生が同伴するんですっ!」 そうなのです。この日帰り海旅行は、先生が同伴してくれるのです。 「先生が・・・?」 「はいっ。先生といっても保険の先生ですけど、当日はその先生の車で海に行くんです!」 「そ、そうか・・・」 未だに気の乗らないお父さん。過保護なのもこういう時は少々困りモノです・・・。 「ほらほら祐介さん。先生も一緒なら問題ないじゃない?かわいい子には旅をさせよって言うじゃない?」 「・・・わかった・・・楽しんでこい・・・」 『しょんぼり』といった音が似合う感じで落ち込むお父さん。警察の部下の方が見たらきっと驚いちゃいますね。 ・・・あ、セーター編みにいっちゃった。ごめんなさいお父さん。今度はお父さんと海行きますから・・・。
「ふふ。良かったわね七穂。初めての先輩との旅行ってやつだもんね〜。たっぷり楽しんでおいで〜」 「えへへ・・・」 しかしながら、何とかお父さんも説得できたことだし、先輩達と海に行けるのです。 その日をことを思うだけで胸が躍るようです。小学校の遠足みたいです。 「溺れるなよ〜。ねーちゃん、ちっちゃいから足届かないだろーし」 弟が余計な茶々をいれます。背の小さい私と比べて、お父さんに似て背の高い弟は、すでに私よりも断然大きくなってます。 ちなみに、足が届かない点は大丈夫です。当日は浮き輪を持参します。
旅行の細々としたことをお母さんに伝えて、私は自室に戻ります。 お父さんの承諾が出たことを先輩に伝えないとなりません。 先輩。この旅行の主催者で、私の美術部の先輩の遠野先輩に。 高校生になって初めて使い始めた携帯電話に、見慣れたメールアドレスを表示させて、承諾のことを伝えます。 『七穂です。旅行の件、お父さんから了解を得ました。よろしくおねがいします』 「送信、っと・・・」 そういえば、この携帯電話の使い方を教えてくれたのも遠野先輩でした。 ぴろろ〜〜♪ 『メールを受信しました』 ぴっ 『YEAH!らじゃったでモジャー!当日は地獄と天国のランデブーを見せてやるZe! ・・・・・・・ ・・・本当、尊敬できる・・・先輩・・・・・・だと思います。・・・思い、ます。
そのころ、リビングでは。お父さんがしょんぼりとしながら編み物をしていました。 「・・・七穂・・・お父さん、悲しい・・・」 その日は、いつもの威厳が全く感じられないお父さんでした。 ・・・・・・ 私の部屋の窓の外からは夏の夜空が広がっています。 あと数度この夜空を見れば、旅行の日が来るのです。 「えへへ・・・」 布団に潜っても、自然とはにかんでしまいます。それくらい楽しみなのです。 神様、当日は晴れますようにお願いします。海水浴日和の晴天でありますように。 ぴろろ〜〜♪ 『メールを受信しました』 ぴっ 『にゃらっぱー!!(挨拶) 七穂っち、寝たー?寝たー?練ったー?寝たなら返事しろー。 ・・・神様。どうか、どうか18日だけは晴れでありますように。 ・・・・・・どうか。お願いします。緒方七穂、一生で一度のお願いです。
3.
『生命みじかし、恋せよ乙女
8月18日、晴れ。午前8時、遠野家前。 「それじゃ姉さん、行ってくるね〜」 「いってきまーっす!!」 姉さんの旦那さんが仕事で使っているワゴン車は、私の運転で夏の朝を走っていく。 「あ〜っ、楽しみだー!!ついにこの日が来たっ!!って感じだね〜!」 浮かれる従姉妹の有希ちゃん。こういうことが大好きな所、昔の姉さんを見てる気分になってしまう。 「あ、そーいや、ちーちゃんは水着持ってきた?」 例え年が離れていても、例え学校では先生と生徒でも、いつでも有希ちゃんは私のことを昔の呼び名『ちーちゃん』で通している。 「ま、一応ね〜。去年のやつだけど」 数分もすれば、有希ちゃんの幼馴染の楠木遙ちゃんの家に到着する。 「ぐっどもーにん遙〜!」 遙ちゃんを乗せ、車は千年谷駅へ向かう。 後部座席では遙ちゃんと有希ちゃんの漫才・・・もとい会話が続いていた。 何となく、自分の高校時代を思い出してみる。 自然に片手が胸のネックレスを触っていた。 「そーいや、遙はちーちゃんの車に乗ったの初めてだよねー?」 後ろの二人の声に、意識の方向を運転に向ける。
アクセルを踏み、外の景色は流れていく。 空には、まさに旅行日和の晴天が広がっていた。 私の運転する車は、速度を上げて千年谷駅へと向かっていく。 ”あの人”の車で、朝の日差しを受けながら、昔と変わらない街を走り抜けていく。
3.5
8時20分。千年谷駅前。 私達は、篠塚先生の運転する車を待っていました。
モニターの前の方、お久しぶりです。
今回は前年に行った人数よりも2人増えています。 その他は敬称略で、私、宇奈月可奈、楠木遙、遠野有希、竹中美樹、松谷美香の6人。 ・・・竹中、松谷が分かりませんか。彼女達も、宇奈月可奈の友人3人組のうちの2人です。 「未久・・・?何にやけてんのー?」 美香に少しだけ気づかれました。これ以降は気をつけます。 さて、私が現状把握をしていると、一台のワゴン車が近づいてきました。 「やっほー!迎えの車だぞー!!」 あの二人は相変わらずです。きっと、十年経ってもあのような感じなのでしょう。 ワゴン車が止まり、運転席から篠塚先生、後部座席から例の二人が降り、全員が揃う形となりました。 「先生、今日はよろしくおねがいしまーす」 上から、美香、私、美樹の順に挨拶。 「今日はよろしくおねがいしたしますっ!!」 なでなで。どう見ても『小さい』という感想が出てしまう七穂さん。篠塚先生になでられてます。 「よっし、それじゃ出発しよっか?」 いないことをいいことに、言われ放題です。まぁ、実際に遅刻してるわけですから仕方が無いのですが。 それから、有希と美樹を中心に『宇奈月可奈に罰ゲームを与える会談』が展開します。 「そんじゃ、あと5分以内に来なかったら、額に肉の字ということでおっけい!?」 おなじみの遙のツッコミが入ったところで、駅のロータリーを縦に奔走する、見覚えのある顔が一人。 「うわわわわわ〜!遅刻、遅刻、遅刻しましたー!!!」 「ちぃっ、予想に反して1分で来やがった−!みっきー、妨害だ!!」 ・・・・・・・・・ 「いざ、あの海に向けて、発進ー!!!」 何とかひと悶着(全員からデコピン一発)あり、やっと、全員は車に乗り、海へと出発します。 運転席には篠塚先生。助手席には有希。残りの6人は後部座席です。 「あ、そだそだ。後ろのみんなー?」 篠塚先生が呼びかけます。 「あのね、一応私は保護者ってことにはなってるけど、先生としてじゃなくて、ただの暇なおねーさんとして参加してるわけなのよ。 いつもの町並みを抜け、車は国道へ抜け、海へと向かっていきます。 「さてさて、ちーちゃん。そろそろ風になりたくなってきたね〜」 ズダダダガンガンガンダダダダ!!! 「んなっ!?」 スイッチと同時に強烈なドラム音がスピーカーから発射されました。 「さぁちーちゃん!私達は風だ!!コンクリートジャングルを走り抜ける一陣の旋風となるんだー!!」 アクセル音が急激に大きくなったかと思うと、車はものすごいスピードで走り始めました。 BABY GO!BABY
GO!BABY GO! BABY GO!BABY GO!BABY
GO! 「ぃぃいやっほぉぉー!!!」 さっきまでの篠塚先生はどこへ。今、ここにはスピード狂のおねーさんが運転席に。 「GO!GO!GO−!!!!」 今度は横揺れ。二車線道路を縫うように走っていきます。 後部座席組は、すでに半数は隅でがたがた震える子猫状態です。 WE ARE THE RISING SUN!! WE
ARE THE RISING SUN!! 「誰も私たちを止めることは出来ないっ!!さぁー!!海が私たちを呼んでいるー!!!!」
爆音の音楽を乗せて、私達を乗せた車は海へと走っていきます。 空気を切り裂くように、弾丸のスピードで、海へと。
「いい加減落ち着けぇー!!」 すぱぁーん!! 重低音をかき消すように、快音は車の中に響いていました。
4.
照りつける太陽。広がる砂浜。打ち寄せる潮騒。遥か遠くには水平線。楽しそうな家族連れ、カップル、友人組。
がたんがたん、がたんがたん・・・。 『それ』・・・つまりは中吊り広告はそんな海の情景を映していた。 別に羨ましくなどもない。俺にはそんなことよりも勉強が第一で・・・。 ・・・・・・・・・。 ・・・侘しいかな、我が青春・・・ッ!! 「ママー。あのおにーちゃん、ちょっと泣いてるよー?」 ・・・くっ、泣いてどうする一郎!おまえは強い奴のはずだ!思い出んだ!あの時の夕焼けをー!!! ・・・・・・・・・。 「ママー。ママー。あのおにいちゃん」 ふ、ふふふっ・・・。今日の夕日はやけに眩しいぜ・・・。
『七篠〜。七篠駅です。お出口は右側です。七篠〜・・・』 電車を降りると、予備校通いですっかり使う機会が増えた駅のホーム。降りる人は閑散としている。 「ああ・・・。燃えてないな、我が人生・・・」 ホームから見える、暮れる夕日を見つめる。何度この光景を見たらこの日々が終わるのか。 「(大体、夏休みだってのに、遊びに誘う友人が全員彼女連れで海だってことが間違ってるんだよな。 ・・・やめよう。自分で自分を追い詰めてる気分がするし・・・非常に胸に切ない。 「はぁ・・・。海、か・・・。もう何年行ってないんだか・・・」 この変わりばえのない日々から一時でも抜け出せるなら、俺はどこにでも行きたい。 出来うるならば・・・海に!
・・・・・・・・・
「一郎、海行くか?」 「断る」 家に帰ってきて早々、親父の一言目はそれだった。 「何故断る?『海行きたいよパパ』って墨汁で塗りたくったような顔しときながら」 相変わらず突然で、なおかつ怪しさで溢れかえっている親父の旅行の誘い。 「いいのか〜?海だぞ〜?海なんだぞ〜?」 ・・・少しだけ心が揺らいだのは気のせいだ。 「なぁ一郎。俺はつくづく思うことがあるんだ・・・。『そろそろ孫の顔が見たい』と」 「一郎。おまえは周りの連中がいちゃいちゃしているのを見てどう思う!?」 親父が手を差し伸べる。この手を取ってしまえばきっと夏の海が・・・。 ・・・・・・・・・ 「親父・・・」 差し伸べられた手を取る。そう、俺はこの夏に・・・男になるのだッ!!!! 「やっと分かってくれたようだな一郎!!」 ありがとう親父!ありがとう青春ッ!! 待っていろ海ッ!!そして水着ー!!!!
こうして俺は受験勉強の鬱憤を晴らすため、出来うるならばこの辛さを和らげてくれる人を探すため、海へ行く。 決戦は、8月18日。
5.
照りつける太陽。広がる砂浜。打ち寄せる潮騒。遥か遠くには水平線。楽しそうな家族連れ、カップル、友人組。
そう、それは・・・。 「海だーーーーっ!!!!!!!」 ついつい叫んでしまう私。ううっ、遠野有希は今、非常に感動しているっ!!! 「うう〜ん、海ねぇ〜」 隣で従姉妹のちーちゃんもしみじみ。今年で24のくせに浮いた噂が全く無い、ある意味で困ったさんだ。 思いっきり叫んだおかげでいい具合に怪しみの視線が集中しているけど、そんなことは些細なこと。 「う〜ん、最近の女子高生はヤワねぇ・・・」 ツッコミ女帝の遙はこんな状況でも車内からでもツッコミを飛ばす。さすがは職人だ。 「誰が職人だっ!!!」 職人技はさて置いて。 さあどうする遠野有希!?この圧倒的に暇な時間をどうやって潰すか!?これが今日のミッションだ! ・・・・・・・・・。 「有希ちゃん?どこ行くのー?」 ということで、私は海と逆方向に歩き出した。
潮風の匂い。カモメの鳴く声。潮騒の音。夏の容赦ない日差しの下、私は目的もなく歩き出した。
5.5
相変わらず好奇心の塊な従姉妹の有希ちゃんは海と逆方向に歩いていってしまった。 「さてさてっと・・・」 とりあえず、車内の娘達を救出せねば。保険医として。 「みんな、大丈夫〜?」 車を開けると、どこか恨めしいような視線を向ける、現役女子高生の姿があった。 ・・・・・・・・・。 数十分もすれば、さすがにみんな回復したようだ。 困ったことに、松谷美香ちゃんだけは完全にダウンだ。 (車内で)「しくしく・・・」 「千里さん、有希来てませんけど、先に着替えちゃいましょうか?」 と、一同がロッカー室へ行こうとした時。 「まてまてまてぇぇーーい!!あたしを置いていくなぁ〜!!」 有希ちゃんが猛ダッシュで突撃していた。 「いやぁー、みんながぶっ倒れてる時にお土産屋巡ったり、魚市場巡ったりと楽しんできちゃったよ〜」 何でも楽しんでしまうこの娘には悩みもないんだろうなぁ、とか思っていると、有希ちゃんは袋から何かを取り出した。 「そこの魚市場で買ってきたんだぞ〜。はい、ここら辺では絶対に取れないオマール海老」 「さらに、お土産屋でヌンチャク、木刀、なぞなぞ辞典の3大土産セット!!」 「・・・それじゃ、あの二人は放っといて、私達は着替えましょうか〜」 ・・・・・・ 「芸人はなぁー!ツッコミのためなら金なんて惜しまないんだー!!」
ロッカールームには、海の潮騒とツッコミの騒音が響いていた。
6.
私はこれから非常に恥ずかしいことを暴露します。
それが、遠野先輩が買ってきた海老さんに、遠野先輩が付けた名前です。 ・・・ですから、『私はこれから非常に恥ずかしいことを暴露します』という名前の海老さんです。 「絶っっ対、見習わなくていいからね」 ・・・楠木先輩は何故、思っていることにすらツッコミを入れられるのかを疑問に思います。 と、とにかく、その『私は(中略)暴露します』さんは現在、海の家の方に借りたバケツの中を遊泳しています。 みんなで海の家を出ると、砂浜と浜辺が視界一杯に広がります。他の観光客の皆さんも沢山います。 「うわぁ・・・!」 感動。感動です。本当、来てよかったと思います。 「うう〜ん、結構混んでるわね〜」 空いている適当な所にビニールシートを敷き、パラソルを差し、簡単な荷物を置きました。 「これが我々のこれからの重要基点となるキャンプベースだ!各員、生きてここに戻ってこようぜー!!」 楠木先輩のツッコミを聞く度に、遠野先輩はどこか満足げです。 そんな中、水着になってもハリセンを片手から手放さない楠木先輩が、不思議そうに私を見ていました。 「ところで七穂ちゃん。その・・・。水着、それしかなかったの?」 遠野先輩の指示通りにしたのですけど、水着がどこかまずい部分でもあったのでしょうか? 私の主観では問題は無いと思います。
学校指定の水着ですから。
・・・・・・中学校の時のですが。 「スクール水着・・・それは通にはたまらない一品、萌えの基盤的要素と言っても過言ではないっ!!」 楠木先輩が嘗め回すように私の肢体を眺めます。私は羞恥のあまり頬を紅潮させました。 「(小声で)・・・その・・・それとなく似合ってるような・・・中学生みたいで」 ひそひそ話なので内容がうまく聞き取れません。 「さすがはあたしの策!これで浜辺の”通な怪しいお兄さん”達の視線はいただきさー!!」 私の胸元の”ゼッケン”とやらには、『1ねん2くみ おがたななほ』と書いてあります。 メモ用紙が突然どこからか飛んできました。『執筆者の趣味』と書いてありますが、解読不能です。 「遙に着せるってのも良かったんだけどねぇ・・・。コスプレになっちゃうから却下したという裏話が」 始まってしまった漫談を放置することに慣れた他の人たちは、各それぞれの行動に移りました。 とりあえず、腕を伸ばす柔軟をしていた宇奈月先輩に続いて、私も柔軟体操をすることにします。 「海だねぇ〜〜」 見上げれば、太陽が今日もさんさんと輝いています。 簡単な体操を終え、先輩の漫談も終わったところで、いざ浜辺へと向かいます。 打ち寄せる波が足元に当たると、心地よい冷たさを感じます。 「さぁー!遊びまくるぞー!!」 久しぶりの海と、初めての旅行。そして素敵な先輩達の中で。
6.8
場面は戻り、ビニールシートの上。 「篠塚先生。先生は行かないのですか?」
7.
ばしゃばしゃ。 「おおーい、遙ー!」 「くらえー!」 ばしゃーーん!!! 「っ!
いきなり何するのよっ!?」 「おおーい、遙、有希〜。篠塚先生が昼ごはんが食べたいってじたばたしてるよ〜」 可奈ちゃん、さすがに私はそんなことしてないんだけど。 「おなか減ったよぅ、じたばた」 ・・・落ち着け、千里。 ・・・・・・・・・ ここ最近は海の家も洒落ていて、ちょっとしたオープンカフェみたいな所で食事を取ることにした。 ちなみに、みんな水着の状態のままだ。当然と言えば当然だけど。周りもそうだし。 「それじゃ、みんなは何食べる?」 ここの所はきちんと払わせないと。・・・私もそんなにお金持ってるわけじゃないからねぇ・・・。 各自、メニューとにらめっこしながらオーダーを決める。 「それじゃ、私はこの”苺ミルクのスパゲティ”を」 強烈なネーミングばっかりのメニューね。 「みんな決まった?・・・・・・私は”海の大将のおすすめ”で。あと普通にピザ1枚」 それでも選んでしまう自分。・・・篠塚家の血筋恐るべし。 ・・・・・・・。 「おまたせしましたー!大将のおすすめ、カジキマグロの踊り食いでーす!!」
8.
視界を覆うは闇。何も見えない、漆黒の世界。 視覚情報を奪われた今、残りの全神経を研ぎ澄ます。 この悪条件の中、私はあるミッションを遂行しなければならない。 それは、両手に持った”武器”で、ある対象を破壊すること。 対象は球体で、深緑色の表面に黒色の亀裂のようなストライプが特徴的な物質。
その対象の名は、スイカ。
「宇奈月先輩!もう少し左ですー!」
そう。作戦名は、すいか割り。
・・・・・・・・・ 時間は少し戻って、昼食中。 篠塚先生の頼んだカジキマグロのせいでテーブルその他が無茶苦茶になっちゃった後。 あの瞬間は・・・少しだけヘブンが見えちゃった気がする。 「さてさて、何とか食べたことだし、デザートが欲しいと思わないかね諸君!!」 いきなり言い出すのは有希。有希のいきなり度合いは半端じゃないので何が飛び出すか分かったものじゃない。 「ふっふっふ・・・。君達は海に来てチョコパフェを食べる気かっ!?違うはずだっ!! あーあー。遙ったら、神様を見てるかのように感涙しながら有希に潤んだ視線を送りまくってるし。 「あー、朝、有希ちゃんが何か積んでるな〜と思ったら、アレ、すいかだったのね〜」 勿論、最後の言葉は相変わらずの有希的冗談なんだけど。 ・・・なんだけど、超ごく一部から「神様仏様〜」の言葉が。落ち着け、遙。 「あ、でも、切り分けるための道具がありません!このレストランの方にお借りしましょうか!?」 七穂ちゃんの『すごいです遠野先輩』視線が炸裂する中、腕組みしながら有希は満足げだ。 「しかしだ、君達は海まで来て、ただスイカを食べるだけでいいのかっ!? 相変わらずオーバーなアクションで答える有希。彼女は疲れってモノを知らないのかもしれない。 「よーっし、それじゃあみんな、心と体の覚悟はいいかっ!?私はスイカと道具を持ってくるから、 ・・・とまぁ、こんな感じで急遽、すいか割りをすることになったわけ。
・・・・・・・
「ふぃぃー、重かった〜。スイカ持ってきたぞー!」 有希が両手にスイカを抱えて戻ってきた。肩には何か竹刀入れのような袋を提げている。 当のスイカはかなりの大きさ。全員でも食べきれるか心配になるくらいだ。 「我が生涯に一片の悔いなーーーし!!!」 片腕を高く上げて、浜辺に向かって叫ぶ遙。時々キャラが壊れるんだよなぁ、この娘・・・。 「ところで有希ちゃん。その肩の袋は?」 そう言うと、有希は肩の竹刀入れ袋から、ごそごそと何かを取り出した。 「じゃーんっ!!」
時間停止。
うん、何ていうかな。私、あんまし頭はいい方じゃないし、活字なんて大嫌いだからうまく表現出来ないけど・・・。
日本刀。
「アホかぁぁーっ!!!!」 すぱぁぁーん!! 遙のハリセンの音でみんなの時間が再開する。 「そ、それは、篠塚家に代々伝わる、伝家の宝刀『夜明けのシューティングスター』!?」 目の前の立派な銃刀法違反に驚くみんな。もちろん、私も驚いてるんだけど。 「さぁ!目隠しして、この凶器を振り回すのだー!!思い出せ日本魂ー!!!」 本日一番のハリセンの音が夏の浜辺にものすごく響き渡った。 その後、有希がおみやげで買ってきた木刀で、つつがなくスイカ割りをしたことは言うまでも無い。
「おいしい・・・」 何があっても、その一言だけですべて丸く収まるあたり、みんな気楽なヤツだなぁと思う。 流れる積乱雲。夏の太陽の下。妙にいびつなスイカを食べながら、ゆったりとした時間が流れていった。
9.
火で炙られてるような直射日光が私たちに直撃する中、ビーチボールは空を舞う。 この軌道・・・、この感触・・・見えたっ!! 「さぁ、この球が取れるかなー!?必殺魔球!!ファイナルアトミックブラスターおろしぶっかけ仕様レシーブ!!!」 スイカも食べたことで、今度はビーチバレーなんぞやってみることにした。 今の試合は、私&可奈&七穂っちVSその他。ちーちゃん抜き。 「いいんだぞ遙ー!2週間前からこっそりと神社の裏で練習していたあの技を使っても!!」 ぴぴーーーっ!!(ホイッスル音) 「おおっと、ここで審判の篠塚氏のホイッスルが高らかに鳴ったぁぁー!!」
9.5
ビーチボールも終え、またもや皆が海水浴に戯れる中、私は海岸を見つめていた。 どこにでもありそうな孤島。適当に木々があって、適当に小さく、適当に人がいなさそうな孤島。 「・・・・・・・・むぅ」 何があるのだろう。もしかしたらあの島にはものすごいおもしろいことがあるかもしれない。 ・・・・・・ああー、駄目だ。おもしろそうだよ、かなり。・・・こりゃ行くしかないね。うん。 一昨年、去年と我慢してきたけど、私も3年生ってことで高校時代最後なわけで。 「おおーい、遙〜。ちょいとあたし、あの島まで行ってみるからー」 決めたら猪突猛進な私は、気づけばボートのレンタル小屋へ向かって歩き出していた。 まったくブレーキの効かない好奇心と、永久加速する冒険心を胸いっぱいに抱いて。
10.
ボートレンタル屋のおじいちゃんは、不安げな様子で私に問いかけてきた。 「大丈夫かいお嬢ちゃん?確かにあの島は大した距離でもない上、危険でもない島じゃが・・・」 しぶしぶといった具合でゴムボートを用意するおじいちゃん。 渡された黄色のオール付き2人用ゴムボートに、私はエテモンキー2号という名を勝手に付けた。 数時間だろうけど、よろしく、相棒。・・・変な名前でごめん。
・・・・・・・
腐れ縁の幼馴染は、ボート屋の2倍くらい心配そうな顔をしていた。 「冗談だと思ってたのに・・・。有希、本気で行く気?」 一度心配し始めると止まらない幼馴染は不承不承といった様子。 「まぁ大丈夫じゃない?ここから見える距離だし、ずっと私が見てるから大丈夫でしょ」 年の離れた従姉妹のちーちゃんがお気楽に言う。 「ま、そーゆーことで、ちゃちゃっと行ってくるねー!」 薄手のパーカーを羽織り、七穂っちの麦わら帽子を勝手にかぶる。 時間は3時。真っ青な青空に浮かぶ太陽は、相変わらず強烈な日光をぶつけてきている。 昔からこういう冒険じみたことが好きだったなぁ、とか思い出してみる。 「(それでもあたしは、こーゆーことが大好きなのよねぇ・・・)」 浜辺にゴムボートを浮かべ、乗り込む。 備え付けの2本のオールを取り出し、漕ぎ出す。 最初は海水浴客が近くにいたものの、数分もすれば浜辺から50mは離れ、人もいなくなる。 再度、オールを持つ手に力を込める。 日差しが強く照りつけ、露出した腕と足がじりじりと焼けていく。 手を休め、またボートに寝転がる。
情熱は時間につれどんどん曖昧に、希薄になってしまう。早ければ早いほど感動があるはずだ。 だから、選択に迷っている暇なんて無い。今やらなければ、きっと私はずっと後悔し続ける。
・・・冒険の、始まりだ。
11.
手は水を掻き分け、足は水を蹴る。得られた推進力で俺はひたすらに海原を進んでいく。 「(騙された・・・)」 その言葉を反芻し、自分の戒めを考えながら、俺こと七久保一郎は夏の海を孤独に進んでいく。
話は少し戻って、午後1時。 海に着いてから数時間。久しぶりに受験勉強から開放された俺は、海の冷たさを満喫し、海の風を堪能していた。 ・・・当初の目的が、とことん失敗したのだけが非常にショックだったが。 そんなこんなで昼飯時となったので、親父と近くのレストハウスで食事を取る。 「ご注文はお決まりですか〜?」 注文を終え、親父はタバコを取り出す。 後に親父から聞いた話だと、その中に親父の友人の娘さんがいたらしい。 「おまたせしましたー!大将のおすすめ、カジキマグロの踊り食いでーす!!」 その女の子グループが頼んだらしい料理が届いたのだが、そこには2m級のマグロが。しかも生きてる状態で。 黒髪ロングの娘がマグロの尾アタックでぶっ飛ぶ。 「・・・いたたたたたたぁ・・・。へ、ヘブンを見ちゃったよ・・・」 ちょっと待て、それは俺の言うべき台詞だろう・・・とツッコミを入れながら、俺の意識は暗転していった。
・・・・・・・・・・・・
次に目を開けたときには、俺はビーチパラソルの下、ビニールシートの上にいた。 「やっと起きたか一郎。しっかし情けない奴だな、レディの前で気絶とは」 未だに頭を痛ませながら、今日はとことんついてない日だと確信する。 「そうだそうだ。一郎、あの島が見えるか?」 大体1km先に見えるその島を確認し、何となく俺は遠い目をして空を見上げた。 「一郎、取って来い。泳いで」 違う理由で頭を痛ませながら、今日はとことんついてない日だと再確認した。
・・・・・・・・
回想終了。意識を泳ぎに集中する。 かれこれ10分20分は泳いだだろうか。 自分の体力と目標までの距離を考えて、最悪の事態も少しだけ想定し始める。 周りを見渡して見えるのは、前に島。後ろに海岸。横にはひたすらの海と・・・黄色いボート。 少し気が引けるが、ボートに相席させてもらおう。ダメでも休むことぐらいはさせてくれるだろう。
12.
夏の青い海を黄色のエテモンキー2号はゆらりゆらりと進んでいく。 「与作は木ぃ〜を切るぅぅ〜〜♪へいへいほぉ〜♪へいへいほぉ〜〜♪」 場に全く合わない歌を口ずさみながら、そのリズムで漕いでいく。 何かから突然隔絶されたような、ちょっとした特別さを楽しむ。 「くぅぅ〜〜〜っ!冒険してるな私ーっ!!」 うまくバランスを保ちつつ、今度は立ち上がってみる。 「前方に異常なーし!左右も異常なーし!後方も・・・・・・・・・後方に謎のスイマーが一人〜!」 沖からすでに500m以上離れているのに、後ろでは一人の男が泳いでいた。 私は想定される全可能性を模索する。確かな想定は覚悟と冷静さと度胸を生み出すと信じて。 1。水泳部員で、何らかの大会のための特訓?それにしてはフォームが不恰好だし、妙に必死だ・・・。 4。一番ありきたりで、あんましおもしろくない予想。 その他、多種多様な想定を完了する頃には、その彼はボートの脇に掴まっていた。 その彼はボートの端に掴まったまま、顔を上げる。・・・うん、まぁ・・・顔は悪くないセンだと思う。 「・・・・・・助けてください」 ・・・素敵に情けない台詞を吐いてくれた。
私は、そんな彼を見下ろしながら『これはこれでおもしろくなりそうだ』と、そんなことを考えては目を輝かせていた。
12.5
とりあえず、その情けない彼をボートに上げ、簡単に自己紹介と現状を話してもらう。 名前は七久保一郎で、親父さんにいぢめられてここまで泳いできた。 あまりのファーストインプレッションの情けなさに、ついついボートに上げてしまった私だが、何だかんだで警戒は怠ってはいない。 ・・・・・・と、警戒はかなりしているものの、正直あんまり意味はないと思ってしまう。 「いやー、ホントに助かりましたよ。ありがとうございます」 それとない世間話をしつつ、オールを七久保君に漕がせる。 私はだいぶ楽になり、七久保君が勝手に漕いでいくのでボートはどんどん島へと近づいていく。 「あー、そういえば。名前、名前は何ていうんです?」 「・・・。・・・ひいらぎ、りん。漢字はそのまま柊の木の柊に、凛とした寒さ〜とかの凛ね」 言ってみて、私は何だかおもしろくてたまらなくなってきてしまった。頬が緩むので七久保君に背中を向ける。 「柊凛さん、ですか。あの、年は?」 見た目で自分よりも年下と分かるだろうに、きちんと丁寧語を使うあたりが彼の良さなのかもしれない。 「年は20!高校生に見えるだろうけど、これでも大学生なんだぞ七久保君〜」 人と喋るのは大好きだが、今日のはまた全く違う方向で格別だった。 こうして、”我ら”の船は前進していく。
13.
ふとしたきっかけで乗員が一人増えた船は、ようやく目標としていた島へと到着した。 「我らの目標地点に着岸するぞー!よし、七久保隊員!錨(いかり)を下ろせー!!」 どちらが年上なのか分からないような(実際には正しいのかもしれないけど)会話をしながら、船は沖へと上陸する。 砂浜から見る島は、思っていた程度の大きさだった。一周するくらいなら、30分もいらないだろう。 目を閉じて、深呼吸。 「・・・上陸ーっ!!」 ガッツポーズを添えて、誰宛てでもなく叫んでみる。 「よっし、そんじゃあ七久保君の車のキーだかを探しに行こー!!」 こうして、二人の探検隊は海岸沿いを歩き始める。
13.5
立て札。 RPGとかによく出てくるあの『立て札』が、立ち尽くす私と七久保君の前に突っ立っていた。 「・・・・・・・・・」 七久保君の車のキーだかを探し始めて5分で見つかった『それ』は、古木を組み合わせただけの簡単な代物だった。 『my息子 一郎へ あと500m先の交差点を左です』 ばきっ!! 「・・・・・・・・・」 脆い材木だったのか、七久保君の前蹴りで粉微塵と化す立て札。 「・・・すいません凛さん。ウチの親父、阿呆なんですよ・・・」 背中を曲げ、”どよーん”と言った効果音が似合う足取りで先へ向かう七久保君。 ・・・とりあえず、分かったことは。 七久保君の親父さんは、私といい友達になれそうだということだけだった。
13.7
『お疲れ一郎。 次は300m先だ』 ばきぃ!!(後ろ回し蹴り) 『がんばれ一郎。 次はこの下50cmに埋めた』 ばきぃっ!!!(かかと下ろし) 『ナイス掘りっぷりだ一郎。 次は左に300000mm』 ずぼっ(掘り返した)、ばきぃー!!(上空アッパー) 『書いてる俺も辛くなってきた。お前のために父は頑張ってるぞー。 ちなみに右200m』 ぴー、ずどばぁん!!(目からビーム) 「落ち着けっ!!何かヤバイの出たぞさっきー!?」 探索をまたもや再開する。 『2つの月が重なる時、裁きの台座に聖杯を掲げよ。さすれば深遠なる栄光を汝に与えん』 「すごいの出てきたー!!!!」 ばきぃ!!(裏拳) 粉砕する立て札を見届け、さらに先に目を向けると、そこには電飾つきの立て札が。 『おめでとう一郎。 最後に↓のスイッチをオン』 ”↓”の方向に目を向けると、そこには旧式のラジカセが置いてあった。 再生ボタンを押すと、がちっ、という音と共に中のカセットが動き出した。 『あーあー。マイクテス、マイクテスー。 さて、ご苦労だった一郎。正直、2時間弱でこれだけのことをするのは洒落にならない苦労だった・・・。 さて、車のキーはそこらへんに落ちてるから拾って帰って来い。出来れば濡らすな。以上。 ・・・ちなみに、お決まりの約束として。 このラジカセは自動的に爆発する!!!!』 「なにゅぅー!?」 いきなり飛び掛ってきた七久保君に突き飛ばされる私。その上に七久保君が盾のように覆いかぶさった。 ・・・その、一応私も年頃なわけで。その、ここまで男性(しかも半裸)と密着したことなんてないわけで。 危機的状況にも関わらず、私は全く別の方向で狼狽しまくる。 「(ええーと、ああっと、あ、あれだ。こーゆー時は深呼吸とか精神統一とかマインドコントロールだ、うん。ってマインドコントロールは洗脳じゃん違うじゃんっていうかそーゆーことを考えてる場合じゃないぞ私今にも迫ってきそうな胸板に乙女の心はヒートアップだか胸きゅんとか色々なわけで危機的状況なんだ遠野有希!とりあえず落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け餅つけ浅漬け柴漬け勘定はツケで今日付けで部署入りした島村君だ仲良くしてくれたまえはっはっは)」 狼狽を飛び越え、どこか変な世界にトリップする私を置いて、時間は勝手に進んでいる。 「・・・・・・ん?」 変な違和感に七久保君が離れる。私の何かを吹っ飛んだ妄想はこれにて終わる。 『・・・・・・・・・逃げたか!?逃げたか一郎!? くっくっくっく、爆発なんてするわけないだろー!? 絶対、後で逃げたかどうか確かめ』 げしげしげしっ!!! 容赦のないローキックで停止するラジカセ。七久保君の後ろ頭に怒りマークが見える気がする。 ・・・・・・・・・ ちなみに、車のキーはホントにそこらへんに落ちていた。
14.
夕暮れの浜辺に波が打ち寄せる。 「・・・・・・・・・」 茜色に染まる空を二人で見つめ、どちらも一言も話すことなく、ただ座っていた。 「・・・・・・・・・」 私たちは、砂浜に打ちあがったと思われる大岩の上で座っていた。 問題は、この下。 数時間前まで砂浜だった所は、波打ち寄せる海へと変貌していた。
「ボート・・・。流されてますね・・・」
沈み始めた夕日は、ひたすらに紅く空を染め上げている。
14.5
別段理由も無く、岩の端に座り、足を海水につけたり離したりしてみる。 「さー。これからどうしよっか?」 ボートが流されたことで帰る手段が無くなってしまったわけだけど、お互いに取り乱しはしなかった。 実際問題、前もって場所は連絡してるし、海水浴場からはそんなに遠くないので助けは勝手に来ると確信している。 そんなこんなで、現状把握、今後の状態を把握しきった私たちが成すべき事は。 「・・・やることないね・・・」 助けが来るまでの時間、それまでの暇潰しを考えることだった。
15.
空の茜色は、そろそろ黒に変わろうとしていた。 「そういえば、さっきのテープで『お前が最強の探偵に〜』みたいなこと言ってたけど・・・。 暇で暇で仕方がなくなってしまった私たちは、その暇を雑談で埋めることにした。 「うわ〜!探偵!!めくるめく陰謀、待ち受ける謎!!そして決めのセリフは『犯人はこの中にいる!』 私の中の『THE・探偵像』が砕けていくものの、こういう特殊な業界話は聞いててやっぱり楽しい。 「でも、何かいいなぁ・・・。探偵かぁ・・・」 少しトーンダウンした七久保君は、茜色の空を見つめて少し遠い目をした。 「俺の場合は・・・。どっちかと言えば自己鍛錬とか、そういうモノでやってますよ。探偵」 笑みは絶やさないが、どこか悲しげな部分が見え隠れする口調に私自身がトーンダウンする。 「へぇ・・・。・・・あ、七久保君のとこってアルバイトとか募集してたりする?」 七久保君に言われて、”自分は大学生だ”と言ってしまっていることを再確認する。 「(あー、そういやあたしは、実際は受験生なんでアルバイトなんてしてる暇ないじゃん・・・)」 その場の勢いで喋ってしまったことに少し反省する。 「あー、確かに大学の講義とかあるからちょっと無理かもー。うーん、惜しいなぁ・・・」 今度は、私が夕日を見ながらたそがれる番だった。 「ああ〜、何でタイムマシンってのは無いんだろうね〜」 私の突然の変なセリフにきょとんとする七久保君。 「『あの時、アレをしていれば今の私は変わってたかもしれない』とかって結構思うことあるじゃん? 夕日はそろそろ沈もうとしている。海は茜色から闇色に変わろうとしている。 その光景はとても幻想的で、自然の美しさそのものといった風景だった。 そしてそれ以上に、この場この時に私と彼がいるという偶然を記憶に残そう。そう思う。 二人に流れる静寂は、どこか暖かく、どこか寂しげだった。 ・・・・・・・ しばらくすると、遠くからエンジン音が小さく聞こえてきた。 この場限りの魔法が終わり、『柊凛』が『遠野有希』に戻る時間は、鈍い駆動音を響かせながら近づいていた。
16.
到着したのは、七久保君の親父さんだけだった。 「まったく情けないな一郎。泳いで戻って来れないとは・・・」 ひゅん、ぱしっ。 いきなりの七久保君のハイキック(全力)を平然と片手で受け止める七久保親父さん。 「しかし、浜辺でさんざん失敗したくせに、こんな孤島でレディをゲットするとはな。一郎、お父さんは嬉しいぞ」 簡単に説明する。 「ふむ・・・。やっぱり情けないな一郎。戻ったら地獄の鍛錬メニューを1.5倍だな」 急にガタガタ震えだす七久保君。一体どんなことをされているのか非常に気になる所だ。乙女として。 「まぁいい。さて、そこのお嬢さん?乗り心地はお世辞にも良くはないですが、どうぞボートへ」 やっぱりこの親父さんは私と気が合うんだろうなぁ、とか思っていた時に、遠くからエンジン音が近づいていた。 「さて。あたしの方も迎えがやっと来たみたいなんで、そっち乗ります。・・・ああ、そうそう七久保君」 ここで、今までの嘘をばらしてしまおうと思ったけど、何となくやめた。 だから、今はまだ。 「今度会ったら、七久保君好みの子を紹介してあげるからね〜。七久保君はどっちかと言えば”守ってあげたい”系が好きなんだと思うんだよね〜」 七久保親子がボートに乗る。私のお迎えはそろそろ到着するところだった。 「それじゃ凛さん。また会えたら」 親父さんは言い切ると同時にエンジンをかけて、すぐさま岸から離れていった。 七久保親子の乗ったボートが小さくなっていく。
16.5
相変わらずの、人見知りで真面目でポニーテールで”守ってあげたい”系の幼馴染は私を見つけ、立ち尽くしていた。 「いよう〜。出迎えご苦労〜」 幼馴染は、喜ぶべきか怒るべきか呆れるべきか、そんな複雑な表情で私を見つめている。 「・・・心配、したんだから」 結局、この幼馴染は最終的に涙を浮かべることを選択していた。 「・・・・・・ばかぁ・・・」 距離を置いた所で肩をすくめるちーちゃんを横目に。
17.
澄んだ夏の夜空の下、私たちを乗せた車は走っていく。 「楽しかったわね」 今日は本当に楽しかった。ただ、シンプルにそれだけを思う。 「あ・・・、有希ちゃん。ほら、花火・・・」 ちーちゃんが指差す先を見れば、フロントガラス越しの夜空に花火が踊っていた。 「・・・・・・・・・」 そう、こういうことなのだ。きっと、『感動』というものはこういうものなのだ。 「・・・楽しかったわね」 私たちを乗せた車は花火舞う闇夜を走っていく。
≪終わり≫
後書きなんて書くのはいつぶりだろうか・・・(うっとり) 連載小説をやろう、と思い立ったのが2月ごろ。終わったのが5月7日の今日。 話の構成は、書きながら考えてました。原作はきちんと構成を考えてから書いていたのですけどね。 内容は・・・本作『星空』を楽しんだ方用といったアナザーストーリーですね。 この小説でやりたかったことは、緒方七穂のスクール水着と(何)有希さんと一浪くんのやり取りでしょうか。 さて、それじゃこれにて連載小説1発目は終了です。2発目は・・・モニターの前のキミの応援次第で考えます(何) |