『星のない空の下で』連載番外編小説。

むきりょくかん。に戻る。

現在は『星のない空の下で 平凡編』でするん。
読む場合は、本作『
星のない空の下で』をプレイしとくことを薦めます。

注:本編との記述と合致しない部分が多いですが(本編では電車で行っていただの、メンツが10人だの)、
  その違いに関しては、謝る以外はありません(何)

 
  

1.

  

みぃ〜ん、みぃ〜ん・・・。

どこかで、具体的に言えば私の部屋の窓の向こう3メートルで蝉が鳴いている。
・・・まぁ、夏だから当然のことだ。

容赦なく、たぶん殺意まんまんで降り続ける太陽光線も、私が暑さから逃げるように食べてるスイカも夏だからだ。うん。

「・・・暑い」

目の前で熱気に茹だっている友人、楠木遙彼氏いない歴18歳がうんざりと言った声をあげる。
私の愛用ソファに座って、ただただ暑さに耐え抜く姿は減量中のボクサーのように微笑ましい。

・・・うん、まぁ確かに私も汗だくだ。夏だし。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

みぃ〜ん、みぃ〜ん・・・。

沈黙する二人を無視して蝉が鳴きまくる。正直、ちょっとうるさい。

「・・・有希。もう一度聞くけど、冷房は・・・?」
「冷房巡査は殉職なさいました。今日の朝、私の昔のラケットが直撃しまして」
「・・・・・・・・・」

冷房巡査を見上げると、いい具合にラケットの刺さった破壊的オブジェが見える。
これはこれで芸術的だけど、昔を思い出して素振りするんじゃなかったかなーとも思う。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

みぃ〜ん、みぃ〜ん・・・。

相変わらず蝉が鳴きまくっている。気持ちは分かるけどもうちょい落ち着け、蝉。人生恋愛だけじゃないぞ、蝉。

「・・・ねぇ有希?確か私に用事があるからって呼び出したんじゃなかったっけ?このサウナのような部屋に」

うーん、50点。サウナと言うには湿気が足りない。言うなれば汗だく男達による満員電車のような部屋だ。
・・・そっちの方がかなり嫌なんだけど。

「いやまぁ・・・確かにそうなんだけど〜・・・」
「・・・けど?」

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・?」

みぃ〜ん、みぃ〜ん・・・。

一行目に戻る。

・・・さすがにそれは冗談だけど、さっきから同じやりとりをしている。
きっと、お互い暑くて頭が働かないからだと思う。さすがは夏。すごいぞ夏。
でもまぁ、さすがにこのままでは生命の危機に関わる気もしてきたので話を進めようとがんばる私。
その健気さに幾人の涙を誘うこと受け合いだ。

「実はね〜・・・」
「実は?」

「私はM58星雲から来た宇宙人だったんだ」
「・・・・・・・・・」

つっこみなし。相方たるもの、つっこみのないボケがいかに辛く切ないかを知って欲しいと思う。

この切なさ、市場に売られる子牛の気分。

「どなどなど〜な〜どぉ〜〜なぁ〜〜・・・」
「はいはい、大変ね・・・。・・・で、何の用なわけ・・・?」

「実は」

「実は?」

  

「・・・・・・・・・忘れた」

  

「忘れるなぁぁーっ!!」

すぱーん!

暑さにも関わらず、遠野家常駐楠木遙専用ハリセン「華散怒羅」は爽快な音を青空に響かせていた。

「・・・あ、思い出した。今年もやるぞ〜!日帰り海旅行っ!!」

「・・・それを言うのに一時間かけるなぁぁぁーっ!!!」

すぱぁぁーん!

  

二度目のハリセンはさらに爽快な音を響かせていた。

積乱雲。蝉の音。八月の青空はどこまでも澄み渡っていた。

私達は今年も、海へ行く。  

  

2.

  

『緒方家家訓 その12』

夕食は家族全員で食卓を囲むこと。ただし、お父さんの帰りが遅い場合は例外。

  

「「「「いただきます」」」」

その日は日曜日。私の家、緒方家の夕食は今日も全員揃っての食事でした。

地味だけど、どこか品のあるテーブルクロスの上には、派手ではなくても、とても手の込んだ料理が並んでいます。
味だけでなく、料理の盛り付けもとても上手でやさしい、心に暖かい料理です。
私も女性として生まれたからには、こういう料理を作りたいと思うものです。

そんな暖かい食卓を囲み、緒方家の夕食はいつも通りのほのぼのとした雰囲気でいっぱいでした。
家族の大切さをしみじみ感じる時間で、私は大好きです。

暦はすでに8月。私も2つ下の弟も夏休み。
お父さんも夏季休暇をいただくそうなので、夏休みの旅行の計画を話していました。

私の家族はとても旅行好きで、特にお父さんは休日を取れば旅行に行こうと言い出します。
普段は寡黙なお父さんですが、家族と過ごすことが一番大好きだということは私が一番よく知っています。

「・・・・・・あ」

「・・・? どうした、七穂?」

話し合っている時に思い出しました。今年の夏休みは、高校生最初の夏休みは今までと少し違うのです。

「今度の火曜日、えっと・・・18日、先輩達と日帰りで海へ行くことになったんです」

そうです。今年は違うのです。私、緒方七穂は高校生になったのです。
たとえ、背が小さくて未だに小学生にすら間違えられているとは言え、名実ともに高校生なのです。
中学生の時には考えもしなかった、友達だけの旅行をするのです!

「・・・海?」

「はいっ。海です!」

お父さんが眉根をしかめて聞きなおします。
背丈や肩幅のため、他の人や、初めて見る人には少し怖い人に見えるお父さんですが、その心はとても優しいお父さんなんです。
その・・・。自慢のお父さんです。

ただ、少しだけ困った所もあります。それは・・・ちょっとだけ、ちょっとだけ過保護過ぎる所なんです。
警察で働いてることからか、世の中の危険を人一倍知っているため、あまり私を一人で遠くへ行かせようとはしないのです。
もちろん、私を想ってのことというのは分かります。けれども・・・。

「・・・・・・」

お父さんは渋い顔。電車で3つの駅に行くことですら止めるお父さんです。
海といえば電車でも1時間は掛かります。そんな遠出は許すはずもありません。

けれども、今年からは変えなくてはいけません。そろそろ雛は羽ばたきたいのです。
色んな場所に行き、色んな思い出を作って、沢山の出来事を経験するのです!

「お父さん、私ももう高校生です!そろそろ私もこういう旅行をしてもいいと思いますっ!!」

「そうかもしれんが・・・だが・・・」

やっぱり渋るお父さん。

「いいんじゃないかしら?七穂も立派な高校生なんだし、折角の夏休みを家で過ごしてたら勿体無いわよねー?」

ここでお母さんが追い討ちをかけます。いつでもGoサインなお母さんです。

「ムム・・・」

「大丈夫です!お父さんの心配する、安全面において問題はありません!!何故なら、先生が同伴するんですっ!」

そうなのです。この日帰り海旅行は、先生が同伴してくれるのです。
このことが、お父さんを説得できる一大要素なのです。

「先生が・・・?」

「はいっ。先生といっても保険の先生ですけど、当日はその先生の車で海に行くんです!」

「そ、そうか・・・」

未だに気の乗らないお父さん。過保護なのもこういう時は少々困りモノです・・・。

「ほらほら祐介さん。先生も一緒なら問題ないじゃない?かわいい子には旅をさせよって言うじゃない?」

「・・・わかった・・・楽しんでこい・・・」

『しょんぼり』といった音が似合う感じで落ち込むお父さん。警察の部下の方が見たらきっと驚いちゃいますね。
よっぽど家族旅行を楽しみにしてたのだと思うと、ちょっと罪悪感も否めません。

・・・あ、セーター編みにいっちゃった。ごめんなさいお父さん。今度はお父さんと海行きますから・・・。

  

「ふふ。良かったわね七穂。初めての先輩との旅行ってやつだもんね〜。たっぷり楽しんでおいで〜」

「えへへ・・・」

しかしながら、何とかお父さんも説得できたことだし、先輩達と海に行けるのです。
きっと、きっと、とても楽しい思い出になるに違いありません。

その日をことを思うだけで胸が躍るようです。小学校の遠足みたいです。

「溺れるなよ〜。ねーちゃん、ちっちゃいから足届かないだろーし」

弟が余計な茶々をいれます。背の小さい私と比べて、お父さんに似て背の高い弟は、すでに私よりも断然大きくなってます。
・・・時々、時々ですが、私が妹と間違えられる時もあるくらいです。
・・・・・・本当に、時々ですけど。本当に。

ちなみに、足が届かない点は大丈夫です。当日は浮き輪を持参します。
少しだけ、高校生っぽくないのが欠点ですけど。

  

旅行の細々としたことをお母さんに伝えて、私は自室に戻ります。

お父さんの承諾が出たことを先輩に伝えないとなりません。

先輩。この旅行の主催者で、私の美術部の先輩の遠野先輩に。
あまり絵が得意でもない私が美術部にいるのもこの先輩に勧誘されたのが原因だし、遠野先輩の周りの友達、楠木先輩や宇奈月先輩に知り合えたのもすべて遠野先輩のおかげです。
そして、今まで先輩達だけで行っていた旅行に私を誘ってくれたのも遠野先輩でした。

高校生になって初めて使い始めた携帯電話に、見慣れたメールアドレスを表示させて、承諾のことを伝えます。

『七穂です。旅行の件、お父さんから了解を得ました。よろしくおねがいします』

「送信、っと・・・」

そういえば、この携帯電話の使い方を教えてくれたのも遠野先輩でした。
頭が良くて、かっこよくて、優しくて・・・。本当、尊敬できる先輩です。

ぴろろ〜〜♪

『メールを受信しました』

ぴっ

『YEAH!らじゃったでモジャー!当日は地獄と天国のランデブーを見せてやるZe!
 嫌でも一生忘れられない旅行にしてやるので覚悟するんだぜベイベー!ふはははは〜〜〜(飛翔)』

・・・・・・・

・・・本当、尊敬できる・・・先輩・・・・・・だと思います。・・・思い、ます。

  

  

そのころ、リビングでは。お父さんがしょんぼりとしながら編み物をしていました。

「・・・七穂・・・お父さん、悲しい・・・」

その日は、いつもの威厳が全く感じられないお父さんでした。

・・・・・・

私の部屋の窓の外からは夏の夜空が広がっています。

あと数度この夜空を見れば、旅行の日が来るのです。

「えへへ・・・」

布団に潜っても、自然とはにかんでしまいます。それくらい楽しみなのです。

神様、当日は晴れますようにお願いします。海水浴日和の晴天でありますように。

ぴろろ〜〜♪

『メールを受信しました』

ぴっ

『にゃらっぱー!!(挨拶) 七穂っち、寝たー?寝たー?練ったー?寝たなら返事しろー。
 そーいや、もし雨降ったらの場合だけど、私の独断で『仰天!世界の食虫植物展』で決まりだから!!
 すごいぞー!パクッとやられるんだぞー!?
 ・・・ってなわけで、そこんとこよろしく〜!!ウツボカズラっちゃおうぜぃっ!!』

・・・神様。どうか、どうか18日だけは晴れでありますように。

・・・・・・どうか。お願いします。緒方七穂、一生で一度のお願いです。

  

3.

  

『生命みじかし、恋せよ乙女 
 黒髪の色あせぬまに 心の炎消えぬまに 
 今日はふたたびこぬものを・・・・・・』

  

8月18日、晴れ。午前8時、遠野家前。

「それじゃ姉さん、行ってくるね〜」

「いってきまーっす!!」

姉さんの旦那さんが仕事で使っているワゴン車は、私の運転で夏の朝を走っていく。
これから遙ちゃんやその他の子を迎えに行くことになっている。
遙ちゃんは近いので自宅に直接。その他の子は千年谷駅で集合。

「あ〜っ、楽しみだー!!ついにこの日が来たっ!!って感じだね〜!」

浮かれる従姉妹の有希ちゃん。こういうことが大好きな所、昔の姉さんを見てる気分になってしまう。

「あ、そーいや、ちーちゃんは水着持ってきた?」

例え年が離れていても、例え学校では先生と生徒でも、いつでも有希ちゃんは私のことを昔の呼び名『ちーちゃん』で通している。
別に構わないけど、その言い方、声質が姉さんそっくりなので毎回不思議な感覚がするものだ。

「ま、一応ね〜。去年のやつだけど」

数分もすれば、有希ちゃんの幼馴染の楠木遙ちゃんの家に到着する。
遙ちゃんは遙ちゃんらしい律儀さで、すでに家の前で待機していた。

「ぐっどもーにん遙〜!」
「やっほー、遙ちゃん。迎えのおねーさんだよ〜」
「千里さん、今日はよろしくお願いします」
「はいはい。まぁ任せときなさい〜。乗った乗った〜」

遙ちゃんを乗せ、車は千年谷駅へ向かう。
ほぼ一駅分なので大体十数分といったところだ。

後部座席では遙ちゃんと有希ちゃんの漫才・・・もとい会話が続いていた。
相変わらず仲がいいなぁ・・・と、バックミラー越しに見て思う。

何となく、自分の高校時代を思い出してみる。

自然に片手が胸のネックレスを触っていた。
高校時代に、”あの人”から貰ったネックレス。
いい加減、捨ててもいい頃だろうとは思うものの、だからと言って別段捨てる理由も無かったので、今もこうして使っている。
安っぽいけれども、あの当時の私にはとても貴重なもので・・・・・。

「そーいや、遙はちーちゃんの車に乗ったの初めてだよねー?」
「うん、そうだね」
「泣くぞぉ・・・。震えるぞぉ・・・」
「な、なんでよ・・・?」
「大丈夫よ遙ちゃん。私はとっても安全運転だから安心しなさいっての〜」
「そだ〜。安心しろ遙〜。死にはしないが死にたくなるぞ〜」
「なんのことだか・・・」

後ろの二人の声に、意識の方向を運転に向ける。
危ない危ない。私は保護者という立場で向かうのだから、しっかりしければ・・・。

  

アクセルを踏み、外の景色は流れていく。

空には、まさに旅行日和の晴天が広がっていた。

私の運転する車は、速度を上げて千年谷駅へと向かっていく。

”あの人”の車で、朝の日差しを受けながら、昔と変わらない街を走り抜けていく。

  

3.5

  

8時20分。千年谷駅前。

私達は、篠塚先生の運転する車を待っていました。

  

モニターの前の方、お久しぶりです。
私(わたくし)、本編でも一応登場しました、梅沢未久と申します。
・・・ご存知ありませんか。無理もありません。作者さんも思い出せませんでしたから。
宇奈月可奈の友人3人娘の大人し目担当です。眼鏡、緑茶好きです。
思い出されましたでしょうか? ・・・それでは、お話を進めさせていただきます。

  

今回は前年に行った人数よりも2人増えています。
遠野さんの後輩の緒方七穂さん。それと、保健室の先生で遠野さんの従姉妹の篠塚千里先生です。
緒方さん、篠塚先生に関しては遠野さん関係で何かと仲良くさせていただいております。

その他は敬称略で、私、宇奈月可奈、楠木遙、遠野有希、竹中美樹、松谷美香の6人。
可奈だけは遅刻で、未だにこの集合場所に来ていません。ですが、今に始まったことではないので問題ありません。

・・・竹中、松谷が分かりませんか。彼女達も、宇奈月可奈の友人3人組のうちの2人です。
竹中美樹がツインテール、松谷美香が・・・・・・・特に特徴の無い一般生徒Aです。

「未久・・・?何にやけてんのー?」

美香に少しだけ気づかれました。これ以降は気をつけます。

さて、私が現状把握をしていると、一台のワゴン車が近づいてきました。
窓から体を乗り出して手を振っているのは有希以外にいません。

「やっほー!迎えの車だぞー!!」
「危ないから戻りなさいってばー!!」

あの二人は相変わらずです。きっと、十年経ってもあのような感じなのでしょう。

ワゴン車が止まり、運転席から篠塚先生、後部座席から例の二人が降り、全員が揃う形となりました。

「先生、今日はよろしくおねがいしまーす」
「お願いします」
「にゃははー。楽しみだね〜」

上から、美香、私、美樹の順に挨拶。

「今日はよろしくおねがいしたしますっ!!」
「あ〜、あなたが七穂ちゃんね〜。はい、よろしくね〜」

なでなで。どう見ても『小さい』という感想が出てしまう七穂さん。篠塚先生になでられてます。

「よっし、それじゃ出発しよっか?」
「先生、まだ可奈が来てません・・・」
「うなうな、またもや遅刻かー!?今度は寝坊帝王巡査部長とでも命名したるー!!」
「帝王なのか巡査部長なのか・・・」
「いっそのこと、寝坊常習犯前科3犯とかー。にゃははっ」

いないことをいいことに、言われ放題です。まぁ、実際に遅刻してるわけですから仕方が無いのですが。

それから、有希と美樹を中心に『宇奈月可奈に罰ゲームを与える会談』が展開します。

「そんじゃ、あと5分以内に来なかったら、額に肉の字ということでおっけい!?」
「おっけだよー」
「了解しました」
「仕方ないか〜」
「ふふふ、楽しそうね〜」
「宇奈月先輩・・・」
「・・・って、誰も止めないのっ!?」

おなじみの遙のツッコミが入ったところで、駅のロータリーを縦に奔走する、見覚えのある顔が一人。

「うわわわわわ〜!遅刻、遅刻、遅刻しましたー!!!」

「ちぃっ、予想に反して1分で来やがった−!みっきー、妨害だ!!」
「おー!」
「してどうするっ!!!」

・・・・・・・・・

「いざ、あの海に向けて、発進ー!!!」
「はーい」

何とかひと悶着(全員からデコピン一発)あり、やっと、全員は車に乗り、海へと出発します。

運転席には篠塚先生。助手席には有希。残りの6人は後部座席です。
後部座席は、お互いが向かい合わせるように椅子の向きが変えられています。

「あ、そだそだ。後ろのみんなー?」

篠塚先生が呼びかけます。

「あのね、一応私は保護者ってことにはなってるけど、先生としてじゃなくて、ただの暇なおねーさんとして参加してるわけなのよ。
 だから、今日一杯は先生と呼ばないようにー。おっけー?」
「「「はーい」」」
「素直でよろしい〜」

いつもの町並みを抜け、車は国道へ抜け、海へと向かっていきます。
後部座席の6人は、これからのことで話が尽きません。

「さてさて、ちーちゃん。そろそろ風になりたくなってきたね〜」
「そうね〜。・・・後ろのみんな、音楽かけてもいいかな?」
「「「どうぞー」」」
「後悔するなよー!!そんじゃ、すいっちおん〜!」

ズダダダガンガンガンダダダダ!!!

「んなっ!?」

スイッチと同時に強烈なドラム音がスピーカーから発射されました。
かなりのハイテンポで、大音量です。

「さぁちーちゃん!私達は風だ!!コンクリートジャングルを走り抜ける一陣の旋風となるんだー!!」
「おっけぇー!!!」

アクセル音が急激に大きくなったかと思うと、車はものすごいスピードで走り始めました。
突然の重力に、後部座席組はみんな倒れています。
思いっきり私の額に可奈の頭頂部が直撃し、意識が少し遠くなりました。

BABY GO!BABY GO!BABY GO! BABY GO!BABY GO!BABY GO!
BABY GO!BABY GO!BABY GO! BABY GO!BABY GO!BABY GO!GO!GO!GO!

「ぃぃいやっほぉぉー!!!」

さっきまでの篠塚先生はどこへ。今、ここにはスピード狂のおねーさんが運転席に。
速度メーターには、3ケタの数字が表示されています。

「GO!GO!GO−!!!!」
「有希も煽るなっ!!!千里さん、落ち着いてー!!!」
「大丈夫よ遙ちゃん・・・。私は冷静よ・・・。そして!!これがマッハの領域よー!!!」
「うきゃぁぁぁぁぁっ!!??」

今度は横揺れ。二車線道路を縫うように走っていきます。
もちろん、道路交通法違反なことは言うまでもありません。

後部座席組は、すでに半数は隅でがたがた震える子猫状態です。
・・・私も半分はそうなのですが。

WE ARE THE RISING SUN!! WE ARE THE RISING SUN!! 
WE ARE THE RISING SUN!! WE ARE THE RISING SUN!! LOVE POWER IS THE SUN!

「誰も私たちを止めることは出来ないっ!!さぁー!!海が私たちを呼んでいるー!!!!」
「落ち着けっ!!千里さんも冷静にー!!!!」
「大丈夫よ!!安全という事に関しては問題なし!!私は一度も人身事故”は”起こしたことはないわ!!」
「それ以外はあるんですかー!!??」 

   

爆音の音楽を乗せて、私達を乗せた車は海へと走っていきます。

空気を切り裂くように、弾丸のスピードで、海へと。

   

「いい加減落ち着けぇー!!」

すぱぁーん!!

重低音をかき消すように、快音は車の中に響いていました。

   

  

4.

  

照りつける太陽。広がる砂浜。打ち寄せる潮騒。遥か遠くには水平線。楽しそうな家族連れ、カップル、友人組。

    

がたんがたん、がたんがたん・・・。

『それ』・・・つまりは中吊り広告はそんな海の情景を映していた。
視線を外へ向ける。今の俺には全く関係ないわけだから。
悲しいかな、浪人生には夏休みもないわけだ。だからこそ、海だろうが山だろうが無縁の世界なわけだ。

別に羨ましくなどもない。俺にはそんなことよりも勉強が第一で・・・。

・・・・・・・・・。

・・・侘しいかな、我が青春・・・ッ!!

「ママー。あのおにーちゃん、ちょっと泣いてるよー?」
「見ちゃいけません」

・・・くっ、泣いてどうする一郎!おまえは強い奴のはずだ!思い出んだ!あの時の夕焼けをー!!!

・・・・・・・・・。

「ママー。ママー。あのおにいちゃん」
「見ちゃいけません」

ふ、ふふふっ・・・。今日の夕日はやけに眩しいぜ・・・。

  

『七篠〜。七篠駅です。お出口は右側です。七篠〜・・・』

電車を降りると、予備校通いですっかり使う機会が増えた駅のホーム。降りる人は閑散としている。
日が暮れ始めているとは言え8月だ。電車から出れば、外の熱気にじっとりと汗が滲んでくる。

「ああ・・・。燃えてないな、我が人生・・・」

ホームから見える、暮れる夕日を見つめる。何度この光景を見たらこの日々が終わるのか。
まだ8月。受験まではほぼ半年・・・。

「(大体、夏休みだってのに、遊びに誘う友人が全員彼女連れで海だってことが間違ってるんだよな。
  そうだ、その状況が何よりも間違っている。具体的に言えばあいつ等に出来て何故俺に出来ないか・・・)」

・・・やめよう。自分で自分を追い詰めてる気分がするし・・・非常に胸に切ない。

「はぁ・・・。海、か・・・。もう何年行ってないんだか・・・」

この変わりばえのない日々から一時でも抜け出せるなら、俺はどこにでも行きたい。

出来うるならば・・・海に!

  

・・・・・・・・・

  

「一郎、海行くか?」

「断る」

家に帰ってきて早々、親父の一言目はそれだった。

「何故断る?『海行きたいよパパ』って墨汁で塗りたくったような顔しときながら」
「海自体には行きたいけどな・・・。しかし!親父が旅行に誘う時は、大体が罠だからけだからだ!!」
「はっはっは。何を言うんだ我が息子。そんなこといちいち憶えてたらハゲるぞ?」
「軽々と認めるな!この前の富士樹海遭難は一生忘れないからな!?」
「そんな小さなこと、まだ憶えてたのかー?一郎くんは心が狭いな〜」
「忘れるやつなどいるか!少しだけ死も覚悟したんだぞっ!?」
「食料1週間分も渡しておいたんだ、何を大げさな・・・」

相変わらず突然で、なおかつ怪しさで溢れかえっている親父の旅行の誘い。
毎回毎回、何かしらの人為的アクシデントで命からがらという事になっている。
さすがに俺も学習した。もうコンパスがぐるぐる回る恐怖はゴメンだ。よって断る。

「いいのか〜?海だぞ〜?海なんだぞ〜?」
「断る。自ら罠にはまりに行くようなことはしない」
「ふっふっふ・・・甘いな一郎。海だぞ!?水着が一杯だぞ!?」

・・・少しだけ心が揺らいだのは気のせいだ。

「なぁ一郎。俺はつくづく思うことがあるんだ・・・。『そろそろ孫の顔が見たい』と」
「いや、俺、そんな年じゃないし」
「そう言ってていいのかー?千里の道も一歩から。その相手がいなくては何年経っても可能性はゼロだ!」
「そりゃまぁ、そうだろうけど・・・」

「一郎。おまえは周りの連中がいちゃいちゃしているのを見てどう思う!?」
「泣く」
「・・・・・・・・・・いや、さすがにちょっとだけ俺が悪かった。お前がそんなに辛い状態だとは・・・。
 と、とにかくだ。今の現状を打破したいとは思わないか!?」
「そりゃ、思うけどな・・・」
「ならば簡単だ!海へ行こう一郎!!砂浜では沢山の水着の娘がお前を待っているぞ!」
「ぐ・・・・・・」
「勉強は辛いだろう一郎?でもな、それを支えてくれる女性がいればどんなに楽か・・・」
「ぐぐぐ・・・・・・・」
「さぁ!さぁさぁさぁ!!!」

親父が手を差し伸べる。この手を取ってしまえばきっと夏の海が・・・。
・・・いや待て!どうせ罠だ!海だぞ!?何が待っているか分かったものでは・・・。

・・・・・・・・・

「親父・・・」
「なんだい、息子よ」
「俺は・・・男になれるだろうか・・・?」
「なれるさ。俺の息子だからな」
「親父・・・。俺、俺・・・っ!!」

差し伸べられた手を取る。そう、俺はこの夏に・・・男になるのだッ!!!!

「やっと分かってくれたようだな一郎!!」
「悪かった!疑ってた俺が悪かったー!!」
「海ー!!」
「水着ー!!!」
「砂浜ー!!!」
「水着ー!!!」

ありがとう親父!ありがとう青春ッ!!

待っていろ海ッ!!そして水着ー!!!!

  

こうして俺は受験勉強の鬱憤を晴らすため、出来うるならばこの辛さを和らげてくれる人を探すため、海へ行く。

決戦は、8月18日。

  

5.

  

照りつける太陽。広がる砂浜。打ち寄せる潮騒。遥か遠くには水平線。楽しそうな家族連れ、カップル、友人組。

    

そう、それは・・・。

「海だーーーーっ!!!!!!!」

ついつい叫んでしまう私。ううっ、遠野有希は今、非常に感動しているっ!!!

「うう〜ん、海ねぇ〜」

隣で従姉妹のちーちゃんもしみじみ。今年で24のくせに浮いた噂が全く無い、ある意味で困ったさんだ。
さすがに外出の時は、おなじみの白衣を着ていない。ちぇっ。

思いっきり叫んだおかげでいい具合に怪しみの視線が集中しているけど、そんなことは些細なこと。
問題は、私たちの背中越し、今まで乗ってきた車の中にある。

「う〜ん、最近の女子高生はヤワねぇ・・・」
「まったくだっ!まさかあの程度でくたばるとはっ!貧弱貧弱ぅー!!」
「無理言うなっ!!!・・・・・・ううぅ・・・・・・」

ツッコミ女帝の遙はこんな状況でも車内からでもツッコミを飛ばす。さすがは職人だ。

「誰が職人だっ!!!」

職人技はさて置いて。
困ったことだけど、ちーちゃんのアグレッシブでバイオレンスな運転により、私とちーちゃん以外がグロッキーになってしまったのだ。
仕方ないので、回復を待っているという状況。
くっ・・・、海は眼前に広がっているというのにっ!!

さあどうする遠野有希!?この圧倒的に暇な時間をどうやって潰すか!?これが今日のミッションだ!

・・・・・・・・・。

「有希ちゃん?どこ行くのー?」
「適当に歩いてくるー!復活したら携帯に連絡してねー!」

ということで、私は海と逆方向に歩き出した。
その方向には、海水浴客目当てのホテル、駐車場、お土産屋、その他の観光施設。それと漁港なども見える。

  

潮風の匂い。カモメの鳴く声。潮騒の音。夏の容赦ない日差しの下、私は目的もなく歩き出した。

  

5.5

  

相変わらず好奇心の塊な従姉妹の有希ちゃんは海と逆方向に歩いていってしまった。
昔っから、知らない街を歩くのが好きだったなぁ・・・とか思い出してみる。

「さてさてっと・・・」

とりあえず、車内の娘達を救出せねば。保険医として。
原因が私にあることには目を瞑っておく。アクセルくんが、思いっきり踏んでくれと叫ぶから悪いのだ。

「みんな、大丈夫〜?」

車を開けると、どこか恨めしいような視線を向ける、現役女子高生の姿があった。
・・・・・・ブレーキちゃんも、私を嫌わなければこんなことにはならなかったのに。

・・・・・・・・・。

数十分もすれば、さすがにみんな回復したようだ。
一同、有希ちゃんに連絡をいれ、シャワーとロッカーがある海の家へ行く。

困ったことに、松谷美香ちゃんだけは完全にダウンだ。
・・・え、誰って? 三人娘の、一番キャラが薄い娘ね。いてもいなくても別に台詞ないだろうから問題はない。

(車内で)「しくしく・・・」

「千里さん、有希来てませんけど、先に着替えちゃいましょうか?」
「そうねー。予定外に時間を潰しちゃったからね。これから挽回しないとね〜」

と、一同がロッカー室へ行こうとした時。

「まてまてまてぇぇーーい!!あたしを置いていくなぁ〜!!」

有希ちゃんが猛ダッシュで突撃していた。
手には何やらビニール袋がぶら下がっている。お土産でも買ったのだろうか?

「いやぁー、みんながぶっ倒れてる時にお土産屋巡ったり、魚市場巡ったりと楽しんできちゃったよ〜」

何でも楽しんでしまうこの娘には悩みもないんだろうなぁ、とか思っていると、有希ちゃんは袋から何かを取り出した。

「そこの魚市場で買ってきたんだぞ〜。はい、ここら辺では絶対に取れないオマール海老」
「わざわざ輸入物買うなっ!!!」

「さらに、お土産屋でヌンチャク、木刀、なぞなぞ辞典の3大土産セット!!」
「小学生かっ!!しかもすっごい邪魔だー!!!」
「上は大火事、下は洪水、な〜んだ〜?」
「出題すなっ!!」
「時間切れ〜。正解は山火事しながらダム決壊で〜す」
「それ絶対間違ってるし!!!うわっ、この海老動いてるよっ!?」
「この海老高かったのに・・・」
「・・・いくら?」
「5000円」
「アホかぁぁーーーっ!!!!」

「・・・それじゃ、あの二人は放っといて、私達は着替えましょうか〜」
「は〜い」
「そうですね」
「にゃは〜」
「了解しましたっ!」

・・・・・・

「芸人はなぁー!ツッコミのためなら金なんて惜しまないんだー!!」
「多少は惜しめっ!!!」

  

ロッカールームには、海の潮騒とツッコミの騒音が響いていた。

  

6.

  

私はこれから非常に恥ずかしいことを暴露します。

  

それが、遠野先輩が買ってきた海老さんに、遠野先輩が付けた名前です。

・・・ですから、『私はこれから非常に恥ずかしいことを暴露します』という名前の海老さんです。
楠木先輩が思いっきり、どこかから取り出したハリセンで遠野先輩の頭頂部を強打しましたが、この名前で決定しました。
非常に呼びづらい上に、周囲の人の視線が気になる名前だと思います。
・・・相変わらず、遠野先輩のセンスは人とは少し上を行っているようです。私も精進します。

「絶っっ対、見習わなくていいからね」

・・・楠木先輩は何故、思っていることにすらツッコミを入れられるのかを疑問に思います。

と、とにかく、その『私は(中略)暴露します』さんは現在、海の家の方に借りたバケツの中を遊泳しています。
そして私達は水着に着替え、ついに泳ぐことが可能になったのです!

みんなで海の家を出ると、砂浜と浜辺が視界一杯に広がります。他の観光客の皆さんも沢山います。
照りつける太陽が真上に浮かんでいました。砂浜の熱さがサンダル越しでも感じられます。

「うわぁ・・・!」

感動。感動です。本当、来てよかったと思います。

「うう〜ん、結構混んでるわね〜」
「海だー!よかったね七穂ちゃん、海だよー!」
「日差しが結構強いですね・・・」
「海よー!!私は帰ってきたぁぁー!!!!」
「帰ってしまえっ!!」

空いている適当な所にビニールシートを敷き、パラソルを差し、簡単な荷物を置きました。

「これが我々のこれからの重要基点となるキャンプベースだ!各員、生きてここに戻ってこようぜー!!」
「りょ、了解しましたっ!!」
「生きていれば、ですね」
「にゃはー。サバイバルだね〜」
「らじゃー。がんばって生きるよ〜」
「がんばってね〜」
「誰か疑問に思えっ!!」

楠木先輩のツッコミを聞く度に、遠野先輩はどこか満足げです。
腕組んで『ううーん、まんだむ〜』とか言っているのが聞こえたりします。
・・・友情の形には色んな形があるのですね。勉強になります。

そんな中、水着になってもハリセンを片手から手放さない楠木先輩が、不思議そうに私を見ていました。

「ところで七穂ちゃん。その・・・。水着、それしかなかったの?」
「はい?」
「いい所に気がついたな遙っ!!これぞ平成の諸葛孔明こと遠野有希による作戦なのだ!」
「作戦って・・・」

遠野先輩の指示通りにしたのですけど、水着がどこかまずい部分でもあったのでしょうか?

私の主観では問題は無いと思います。

  

学校指定の水着ですから。

  

・・・・・・中学校の時のですが。

「スクール水着・・・それは通にはたまらない一品、萌えの基盤的要素と言っても過言ではないっ!!」
「アホかっ!!・・・・・・だけど・・・」

楠木先輩が嘗め回すように私の肢体を眺めます。私は羞恥のあまり頬を紅潮させました。
・・・と、遠野先輩が私の口真似をしながら言うのは何故でしょうか?

「(小声で)・・・その・・・それとなく似合ってるような・・・中学生みたいで」
「(小声で)っていうか、もはや小学生って感じだよねー」
「(小声で)そうね〜。身長のせいかしらね」
「(小声で)発育状態にも問題があると思いますが・・・」
「(小声で)2年下とは思い難いね〜。にゃははっ」

ひそひそ話なので内容がうまく聞き取れません。

「さすがはあたしの策!これで浜辺の”通な怪しいお兄さん”達の視線はいただきさー!!」
「いただいてどうするっ!!!」
「なにをー!あのゼッケンはあたしが健気に縫ったんだぞー!?誰にもバレないようにこっそりと!!」
「怪しいことするなーーっ!!」

私の胸元の”ゼッケン”とやらには、『1ねん2くみ おがたななほ』と書いてあります。

メモ用紙が突然どこからか飛んできました。『執筆者の趣味』と書いてありますが、解読不能です。

「遙に着せるってのも良かったんだけどねぇ・・・。コスプレになっちゃうから却下したという裏話が」
「ど、どーせ私は大学生に間違えられるわよっ!!」
「そんなことは一言も言って、な・い・ぞ☆」
「う・・・」

始まってしまった漫談を放置することに慣れた他の人たちは、各それぞれの行動に移りました。
篠塚先生はサンオイルを塗り始めてますし。

とりあえず、腕を伸ばす柔軟をしていた宇奈月先輩に続いて、私も柔軟体操をすることにします。

「海だねぇ〜〜」
「そうですね〜」

見上げれば、太陽が今日もさんさんと輝いています。
海の空気を吸い込み、波の音を聞くたびに、心がうきうきするのを感じます。

簡単な体操を終え、先輩の漫談も終わったところで、いざ浜辺へと向かいます。

打ち寄せる波が足元に当たると、心地よい冷たさを感じます。

「さぁー!遊びまくるぞー!!」
「はいっ!!」

久しぶりの海と、初めての旅行。そして素敵な先輩達の中で。
私の楽しい時間が始まろうとしていました。

  

6.8

  

場面は戻り、ビニールシートの上。

「篠塚先生。先生は行かないのですか?」
「ん〜、いや、私はここで焼いてるからいいわよん。未久ちゃんは?」
「ロッカーに荷物を忘れましたので、取ってきてから向かいます」
「はいは〜い」
「・・・有希が呼んでますよ?一緒に泳ごう、と」
「私はいいわ、って伝えておいて」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・化粧、落ちますしね」
「うるへー!!」

  

7.

  

ばしゃばしゃ。

「おおーい、遙ー!」
「何?」

「くらえー!」

ばしゃーーん!!!

「っ! いきなり何するのよっ!?」
「違うな遙!超局地的な高波が発生したんだー!!」
「今さっき、”くらえ”って言ったじゃないっ!?待ちなさーいっ!!」
「ふははははー!!見よ!この鮮やかなバタフライっぷりをー!」
「うわっ、意味不明に早っ!!」

「おおーい、遙、有希〜。篠塚先生が昼ごはんが食べたいってじたばたしてるよ〜」
「らじゃったー!ハイコスト・ローテイストの食事だー!!」
「大声で言うなっ!!!」

可奈ちゃん、さすがに私はそんなことしてないんだけど。
・・・そうね。試しに今からじたばたしてみようかな?

「おなか減ったよぅ、じたばた」
「・・・篠塚先生、幼児退行ですか?」

・・・落ち着け、千里。

・・・・・・・・・

ここ最近は海の家も洒落ていて、ちょっとしたオープンカフェみたいな所で食事を取ることにした。
人数がちょっと多いので、店員に頼んでテーブルを2つ並べている。

ちなみに、みんな水着の状態のままだ。当然と言えば当然だけど。周りもそうだし。
女ばっかりのパーティとは言え、それとなくレベルが高めの集団なので、周囲の男の視線がちょっと気になる。
・・・本人達が全く気にしてないのはいいのか悪いのか。

「それじゃ、みんなは何食べる?」
「ここはやっぱり、ちーちゃんのおごり〜?」
「・・・・・・」
「無言で遙からハリセン受け取るなっ!!分かった、分かったー!」
「・・・。・・・まぁ、ピザくらいはおごってあげるわよん。それ以外は各自で払ってね〜」

ここの所はきちんと払わせないと。・・・私もそんなにお金持ってるわけじゃないからねぇ・・・。

各自、メニューとにらめっこしながらオーダーを決める。
この工程が結構楽しかったりするのよね〜。

「それじゃ、私はこの”苺ミルクのスパゲティ”を」
「うわー。さっすが遙だね〜。それじゃ私は、この”ボンゴレ風だったドリア”で」
「にゃは〜。”万力で挟んだサンドイッチ”でふぁいなるあんさ〜」
「・・・”高島屋のそばよりも私はあなたの蕎麦がいい”、これで。あと緑茶を」
「わ、私は”R指定お子様ランチ”ですっ!」
「むっ、みんななかなかいい線突くじゃないかっ。ならば、あたしは!!
 この”常夏のプリンスと出会えた3日半。私の胸は南国トロピカル風味。そんな海鮮丼”」

強烈なネーミングばっかりのメニューね。
・・・私としてはこの”海の大将のおすすめ”っていうのが気になるけど・・・、絶対罠ね、コレ。
女の勘が危険だと告げている!!

「みんな決まった?・・・・・・私は”海の大将のおすすめ”で。あと普通にピザ1枚」
「ちーちゃん、よくぞ選んだー!」
「どこかで聞いた名前なのは気のせい・・・?」

それでも選んでしまう自分。・・・篠塚家の血筋恐るべし。

・・・・・・・。

「おまたせしましたー!大将のおすすめ、カジキマグロの踊り食いでーす!!」
「でかっ!!!2m近くあるし!!!!」
「ああっ!可奈が尾でビンタされて吹っ飛んだー!!」
「宇奈月せんぱーい!」
「10分以内に食べたらお代はいただきません!」
「食えるかー!!!」

  

  

8.

  

視界を覆うは闇。何も見えない、漆黒の世界。

視覚情報を奪われた今、残りの全神経を研ぎ澄ます。
さながら、レーダーのように周囲の状況を察知し、自分の位置を把握する。
外部から聞こえる雑音がその処理を難解なモノにしていく。
40度近い外気温が肌を焼いていく。地面は砂に覆われ、普通の歩行すら難しい。

この悪条件の中、私はあるミッションを遂行しなければならない。

それは、両手に持った”武器”で、ある対象を破壊すること。
手加減せず、容赦をせず、この武器を振り下ろすこと。

対象は球体で、深緑色の表面に黒色の亀裂のようなストライプが特徴的な物質。

  

その対象の名は、スイカ。

  

「宇奈月先輩!もう少し左ですー!」
「可奈、正確には左舷35度80cm程度です」
「うーん、今度はちょっと左過ぎね〜」
「志村、後ろ後ろー!!」
「それは違うっ!!!」

  

そう。作戦名は、すいか割り。

  

・・・・・・・・・

時間は少し戻って、昼食中。

篠塚先生の頼んだカジキマグロのせいでテーブルその他が無茶苦茶になっちゃった後。
私がマグロの尾に叩かれて吹っ飛んだ後のこと。

あの瞬間は・・・少しだけヘブンが見えちゃった気がする。

「さてさて、何とか食べたことだし、デザートが欲しいと思わないかね諸君!!」

いきなり言い出すのは有希。有希のいきなり度合いは半端じゃないので何が飛び出すか分かったものじゃない。
その有希の友人の遙は、デザートという言葉にこっそりと目を輝かせていた。
前髪からちょろっと出てる、通称”触覚”がぴょんぴょん跳ねてるあたり、心底楽しみにしている風だ。

「ふっふっふ・・・。君達は海に来てチョコパフェを食べる気かっ!?違うはずだっ!!
 そう!夏!海!!とくれば、出てくるデザートは勿論・・・すいかだっ!!」

あーあー。遙ったら、神様を見てるかのように感涙しながら有希に潤んだ視線を送りまくってるし。
握り締めたこぶしが感激に震えてるし・・・。遙の甘党も相当のモノねぇ。

「あー、朝、有希ちゃんが何か積んでるな〜と思ったら、アレ、すいかだったのね〜」
「その通りっ!みんなのためにちょいと用意したのだ!今ならあたしのあまりの素敵さに崇め奉ってもいいぞー!」

勿論、最後の言葉は相変わらずの有希的冗談なんだけど。

・・・なんだけど、超ごく一部から「神様仏様〜」の言葉が。落ち着け、遙。

「あ、でも、切り分けるための道具がありません!このレストランの方にお借りしましょうか!?」
「甘いぜ七穂っち!!そんなことは全てまるっとお見通しだー!!もちろん、道具は持ってきてるから大丈夫っ!」 
「さ、さすがですっ!!」

七穂ちゃんの『すごいです遠野先輩』視線が炸裂する中、腕組みしながら有希は満足げだ。

「しかしだ、君達は海まで来て、ただスイカを食べるだけでいいのかっ!?
 夏、砂浜、スイカと来たら、やることは一つだろうっ!あのエキサイティングでハートフルなあのアトラクション!!」
「・・・・・・すいか割り?」
「いえぇーっす!!」

相変わらずオーバーなアクションで答える有希。彼女は疲れってモノを知らないのかもしれない。

「よーっし、それじゃあみんな、心と体の覚悟はいいかっ!?私はスイカと道具を持ってくるから、
 その他の連中はキャンプベースで待っていれー!」
「「「らじゃー」」」

・・・とまぁ、こんな感じで急遽、すいか割りをすることになったわけ。

   

・・・・・・・

   

「ふぃぃー、重かった〜。スイカ持ってきたぞー!」

有希が両手にスイカを抱えて戻ってきた。肩には何か竹刀入れのような袋を提げている。
きっと木の棒とかの、スイカを割るやつだ。準備がいいなぁ、と素直に感心。

当のスイカはかなりの大きさ。全員でも食べきれるか心配になるくらいだ。

「我が生涯に一片の悔いなーーーし!!!」

片腕を高く上げて、浜辺に向かって叫ぶ遙。時々キャラが壊れるんだよなぁ、この娘・・・。

「ところで有希ちゃん。その肩の袋は?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれた!私がこっそりと準備したこのアイテムを見るがいいっ!」

そう言うと、有希は肩の竹刀入れ袋から、ごそごそと何かを取り出した。

「じゃーんっ!!」

  

時間停止。

  

うん、何ていうかな。私、あんまし頭はいい方じゃないし、活字なんて大嫌いだからうまく表現出来ないけど・・・。
あんまし詳しくないし、そのまんまで言えば・・・。

  

日本刀。

  

「アホかぁぁーっ!!!!」

すぱぁぁーん!!

遙のハリセンの音でみんなの時間が再開する。

「そ、それは、篠塚家に代々伝わる、伝家の宝刀『夜明けのシューティングスター』!?」
「日本刀なのに何で横文字ー!?」
「幕末時代に何百人もの罪人を斬ってはその血を啜ったという伝説の日本刀じゃないっ!?
 篠塚家が代々管理していたはずなのにっ!」
「篠塚家って何やってるんですかー!?」
「・・・私も聞いたことがあります。確か、手にしたものはその刀に取り付いた怨霊の呪いで、数日間、ピーマンが食べれなくなるとか」
「そんな貧弱な呪いがあるかーっ!!!」
「ふっ、おじいちゃんに泣きついて貸して貰ったのさー!この『夜明けのシューティングスター』をっ!!」
「借りるなっ!!おじいちゃんも貸すなっ!!!さらに、なんで横文字ー!!?」

目の前の立派な銃刀法違反に驚くみんな。もちろん、私も驚いてるんだけど。

「さぁ!目隠しして、この凶器を振り回すのだー!!思い出せ日本魂ー!!!」
「思い出すなーーっ!!!」

本日一番のハリセンの音が夏の浜辺にものすごく響き渡った。

その後、有希がおみやげで買ってきた木刀で、つつがなくスイカ割りをしたことは言うまでも無い。

  

  

「おいしい・・・」

何があっても、その一言だけですべて丸く収まるあたり、みんな気楽なヤツだなぁと思う。
・・・私もその一人なんだけど。

流れる積乱雲。夏の太陽の下。妙にいびつなスイカを食べながら、ゆったりとした時間が流れていった。

   

9.

  

火で炙られてるような直射日光が私たちに直撃する中、ビーチボールは空を舞う。
カラフルで、どこにでも売ってそうなビーチボールは軽い音を立てて放物線を描いていた。

この軌道・・・、この感触・・・見えたっ!!
この手が紅く萌えるっ、敵を倒せと慄き喘ぐー!!!

「さぁ、この球が取れるかなー!?必殺魔球!!ファイナルアトミックブラスターおろしぶっかけ仕様レシーブ!!!」
「どんな技だー!!しかも必殺なのにレシーブ!?」
「負けじと必殺、柔軟剤なしでもこの柔らかさのトスー!!」
「可奈までかー!!!やっぱり必殺じゃないし!!」
「え、ええっと・・・。・・・父親譲りの正義の鉄槌アタックー」
「七穂ちゃんも無理しないでいいから・・・」
「どうした遙ー!?どうやら我等、有希可奈七穂のゴールデントリオに恐れをなしたかー!?」
「いや、まぁ・・・。ある意味では恐ろしいけど」

スイカも食べたことで、今度はビーチバレーなんぞやってみることにした。
3人組を適当に組んで、それとない感じで勝負ってやつだね。
まぁ、ネットも無いし、実はルール分からないしということでかなりアバウトなものになってるんだけど・・・。

今の試合は、私&可奈&七穂っちVSその他。ちーちゃん抜き。

「いいんだぞ遙ー!2週間前からこっそりと神社の裏で練習していたあの技を使っても!!」
「す、すごいです楠木先輩っ!」
「遙もやる時はやるんだね〜」
「そんな練習してるはずがあるかっ!!!」
「しらばっくれるのも見苦しいぞ遙ー!見せてみろー!おまえの技を!!
 あの、『もうボク食べれないよムフ、ムフフフフ・・・。・・・はっ、夢か』サーブを!!」
「そんな訳分からないサーブがあるかっ!!!」
「時速200kmは出る殺人サーブなのに・・・」
「どんな技だっ!!!」
「・・・そんな横でこっそりとサーブ。MP64消費」
「ベホマズン級かっ!!」
「(・・・楠木先輩も時々マニアックなツッコミするなぁ・・・)」
「やるな未久っ、我々の楠木遙停止作戦を看破するとは!
 さすが平成の・・・っとっと、とりあえず、ほどばしる情熱の熱いレシーブ!」
「ドスの効いたトス〜。と見せかけて相手コートへ〜」
「にゃはー、来ちゃったよ〜。ゲージMAX!コマンド↓←↓→+R+X!!ちなみにレシーブだよ〜」
「巨大霊気棒!?しかもSFC幽○白書2仕様かっ!?」
「誰もネタ分かってくれないと思うぞ遙〜」
「それでは、フライング・ジャンピング・スタンディング・ハイディングトス。遙、任せます」
「それは飛んでるの跳ねてるの立ってるの埋まってるのー!?
 って、ええっと、ああっと・・・そ、その・・・え〜っと・・・。・・・・・・・・えい」

ぴぴーーーっ!!(ホイッスル音)

「おおっと、ここで審判の篠塚氏のホイッスルが高らかに鳴ったぁぁー!!」
「驚きだね〜、解説の緒方さん」
「え、あ、はい!そ、そうですね!!」
「篠塚氏、楠木選手に警告!おおっ、これは・・・、赤だー!!レッドカード!!退場です!!」
「いきなりサッカーかっ!!っていうか何で退場ー!?」
「勿論、技名を叫ばなかったからに決まってるだろー!?何ださっきの『えい』はー!?やる気あるのかー!?」
「ビーチボールで技名がいるかーっ!!!」

  

9.5

  

ビーチボールも終え、またもや皆が海水浴に戯れる中、私は海岸を見つめていた。
正確には海岸の少し先、1km程度先に見える、小さな島を見ていた。

どこにでもありそうな孤島。適当に木々があって、適当に小さく、適当に人がいなさそうな孤島。
それだけ。・・・それだけなのだけど。

「・・・・・・・・むぅ」

何があるのだろう。もしかしたらあの島にはものすごいおもしろいことがあるかもしれない。
すごい綺麗な景色とか、圧倒されるような断崖絶壁だとか、真っ暗で人が入れないような洞窟とか。
そもそも、あの距離をボートなりで行くこと自体が無茶苦茶おもしろそうだ。
もしも何も無かったとしても、それはそれでおもしろ話ってことだし・・・。

・・・・・・ああー、駄目だ。おもしろそうだよ、かなり。・・・こりゃ行くしかないね。うん。

一昨年、去年と我慢してきたけど、私も3年生ってことで高校時代最後なわけで。
もしかしたら、こうしてこの海に来るのも最後かもしれないと思うと、心残りは避けたいわけで。

「おおーい、遙〜。ちょいとあたし、あの島まで行ってみるからー」
「うん。 ・・・ええっ?あそこまで?」
「うむっ。今のあたしはロマンスの探求者、泣いても止まらないぜー!」
「いや、止めないけど・・・」
「ならよーし!!そんじゃねー!」

決めたら猪突猛進な私は、気づけばボートのレンタル小屋へ向かって歩き出していた。

まったくブレーキの効かない好奇心と、永久加速する冒険心を胸いっぱいに抱いて。

  

  

10.

  

ボートレンタル屋のおじいちゃんは、不安げな様子で私に問いかけてきた。

「大丈夫かいお嬢ちゃん?確かにあの島は大した距離でもない上、危険でもない島じゃが・・・」
「心配御無用っ!このあたしは、いくつもの修羅場を潜り抜けた猛者中の猛者なのだ!
 あんな距離、泳いででも行けるってのっ!!」
「むぅぅ・・・」

しぶしぶといった具合でゴムボートを用意するおじいちゃん。
まぁ、こんな女子高生は珍しいのかもしれないけど。

渡された黄色のオール付き2人用ゴムボートに、私はエテモンキー2号という名を勝手に付けた。

数時間だろうけど、よろしく、相棒。・・・変な名前でごめん。

  

・・・・・・・

  

腐れ縁の幼馴染は、ボート屋の2倍くらい心配そうな顔をしていた。

「冗談だと思ってたのに・・・。有希、本気で行く気?」
「言うまでもないなっ!すでにボート代も払っちゃったし、こりゃ行くしかないだろー?」
「・・・・・・・・」
「あー、はいはい。すぐ戻ってくるから安心しろっての〜。どーせあの距離だし、2時間もかからないって」

一度心配し始めると止まらない幼馴染は不承不承といった様子。
いやまぁ、誰かに心配されるってのはいいことなんだけど、ね。

「まぁ大丈夫じゃない?ここから見える距離だし、ずっと私が見てるから大丈夫でしょ」

年の離れた従姉妹のちーちゃんがお気楽に言う。
そこまで心配されるような事じゃないんだけどなぁ・・・。

「ま、そーゆーことで、ちゃちゃっと行ってくるねー!」
「うん」
「がんばってね〜」

薄手のパーカーを羽織り、七穂っちの麦わら帽子を勝手にかぶる。
でかいくせに軽いゴムボートを背負い、未だ海水浴客でごったがえす浜辺へと足を運ぶ。

時間は3時。真っ青な青空に浮かぶ太陽は、相変わらず強烈な日光をぶつけてきている。
ビーチサンダル越しでも砂の熱さが伝わってくる。
潮騒の音と海水浴客の声。その中を、心を躍らせながら歩いていく。

昔からこういう冒険じみたことが好きだったなぁ、とか思い出してみる。
自分の女っぽくなさを思い、顔が少し緩んだ。

「(それでもあたしは、こーゆーことが大好きなのよねぇ・・・)」

浜辺にゴムボートを浮かべ、乗り込む。
空気圧の独特のやわらかさを感じながら、ごろんと寝転がる。
ボートの表面は、日光によってすでに熱くなっていた。

備え付けの2本のオールを取り出し、漕ぎ出す。
中学校の頃にボートはやったことがあるので慣れたものだ。

最初は海水浴客が近くにいたものの、数分もすれば浜辺から50mは離れ、人もいなくなる。
浜辺では、ちーちゃんが手を振っていた。私も手を振り返す。

再度、オールを持つ手に力を込める。
水の抵抗感を受けながら、引いては押し出すの動作を繰り返す。

日差しが強く照りつけ、露出した腕と足がじりじりと焼けていく。
温度と運動に、汗がじっとりと滲んできた。
最近運動不足だったためか、少しだけ息が上がる。

手を休め、またボートに寝転がる。
海岸の人の声も遠く、ゆらゆらと揺れるボートから眺める空は視界一杯に広がっている。
私はついつい、顔がほころんでしまっていた。
これからのことを考えて、心を躍らせていた。

   

情熱は時間につれどんどん曖昧に、希薄になってしまう。早ければ早いほど感動があるはずだ。

だから、選択に迷っている暇なんて無い。今やらなければ、きっと私はずっと後悔し続ける。

  

・・・冒険の、始まりだ。

  

11.

  

手は水を掻き分け、足は水を蹴る。得られた推進力で俺はひたすらに海原を進んでいく。
すでに岸からは遠く離れ、海水浴客の声も聞こえない。
目標地点は未だに遥か遠く、出発時点にだけ心に有った希望的観測は少しずつ揺らいでいた。

「(騙された・・・)」

その言葉を反芻し、自分の戒めを考えながら、俺こと七久保一郎は夏の海を孤独に進んでいく。
海水ごしに届く日差しが、背中をじりじり焼いていた。

  

話は少し戻って、午後1時。

海に着いてから数時間。久しぶりに受験勉強から開放された俺は、海の冷たさを満喫し、海の風を堪能していた。
肌を焼く日差しの下、こんな日もたまにはないと・・・なんて思いながら。

・・・当初の目的が、とことん失敗したのだけが非常にショックだったが。
・・・少しだけ、女性不信になれそうな気がした。

そんなこんなで昼飯時となったので、親父と近くのレストハウスで食事を取る。
強烈なネーミングが勢ぞろいのメニューを見ながら、安全そうなモノを選ぶ。

「ご注文はお決まりですか〜?」
「ペペロンチーノとホットコーヒー。・・・一郎は?」
「この、七色卵のサンドイッチってやつで。あとレモンスカッシュを」
「かしこまりました〜」

注文を終え、親父はタバコを取り出す。
俺は横に広がる海を見て・・・いるふりをしながら、隣の席の女の子グループに声をかけるかかけまいか考えていた。

後に親父から聞いた話だと、その中に親父の友人の娘さんがいたらしい。
俺の席からでは顔が確認できなかったので気づかなかったということもあるのだが、それ以上に・・・。

「おまたせしましたー!大将のおすすめ、カジキマグロの踊り食いでーす!!」

その女の子グループが頼んだらしい料理が届いたのだが、そこには2m級のマグロが。しかも生きてる状態で。
周りの客も騒然としている中、当の女の子グループはそれ以上に大騒ぎだった。

黒髪ロングの娘がマグロの尾アタックでぶっ飛ぶ。
その娘は空中で綺麗な放物線を描いて、その頭が助けようとした俺の頭に直撃した。

「・・・いたたたたたたぁ・・・。へ、ヘブンを見ちゃったよ・・・」
「お嬢さん、大丈夫ですか?」

ちょっと待て、それは俺の言うべき台詞だろう・・・とツッコミを入れながら、俺の意識は暗転していった。

  

・・・・・・・・・・・・

  

次に目を開けたときには、俺はビーチパラソルの下、ビニールシートの上にいた。

「やっと起きたか一郎。しっかし情けない奴だな、レディの前で気絶とは」
「無理言うな・・・。くぅ・・・まだ頭が痛い・・・・・・。親父、今何時だ?」
「3時。・・・2時間も気絶してたわけだな、レディの前で」
「う・・・」

未だに頭を痛ませながら、今日はとことんついてない日だと確信する。
女性を口説けないのも、女性に気絶させられるのも、全て運が無いからだと決め込んだ。
帰りに神社か何かで厄払いでもした方がいいのか・・・とまで思う。

「そうだそうだ。一郎、あの島が見えるか?」
「ん?・・・いや、見えるけど」
「実はな、お前が気絶してた時に”たまたま”あの島に行ったんだよな。
 そしたら、”偶然”に車のキーをその島に落としちゃってなー」
「・・・・・・・・・」

大体1km先に見えるその島を確認し、何となく俺は遠い目をして空を見上げた。
今回は、こういうネタか・・・と思いながら。

「一郎、取って来い。泳いで」

違う理由で頭を痛ませながら、今日はとことんついてない日だと再確認した。

  

・・・・・・・・

  

回想終了。意識を泳ぎに集中する。

かれこれ10分20分は泳いだだろうか。
泳ぎには自信がないわけではないが、最近の運動不足がたたって息が上がってきた。

自分の体力と目標までの距離を考えて、最悪の事態も少しだけ想定し始める。
岸からすでに500mは離れた。勿論、休む場はない。

周りを見渡して見えるのは、前に島。後ろに海岸。横にはひたすらの海と・・・黄色いボート。
少し遠くてよく見えないが、乗っているのは一人で、たぶん女性。ボート自体は2人くらいは乗れそうな大きさだった。
向かっている先は、方向から見て俺と同じだと思う。

少し気が引けるが、ボートに相席させてもらおう。ダメでも休むことぐらいはさせてくれるだろう。
そんなことを考えながら、泳ぎの方向をボートに向けた。

  

12.

  

夏の青い海を黄色のエテモンキー2号はゆらりゆらりと進んでいく。
手に持ったオールは、水を掻き出す度に、その重さをしっかりと私に伝えていた。

「与作は木ぃ〜を切るぅぅ〜〜♪へいへいほぉ〜♪へいへいほぉ〜〜♪」

場に全く合わない歌を口ずさみながら、そのリズムで漕いでいく。
もう海岸からは相当離れ、辺りには風の音が聞こえるくらい静かになった。

何かから突然隔絶されたような、ちょっとした特別さを楽しむ。
息もかなり上がってきてしまったので、オールを一旦止め、小休止とすることにした。
軽く伸びをしてみると、麦わら帽子ごしの日光が今更ながらに感じられた。

「くぅぅ〜〜〜っ!冒険してるな私ーっ!!」

うまくバランスを保ちつつ、今度は立ち上がってみる。
腕を組んで仁王立ち。目標としている、ちっちゃな島を見つめる。
例えビニールボートでも、例え乗員は1人でも、気分はどこぞの船長だ。

「前方に異常なーし!左右も異常なーし!後方も・・・・・・・・・後方に謎のスイマーが一人〜!」

沖からすでに500m以上離れているのに、後ろでは一人の男が泳いでいた。
クロールで進んでいくその人は、見た感じ私と変わらないか1,2つ上の青年に見える。
500m以内に船すら見えないこの海原で、私のボートとその彼との距離は10m程度。
問題なのは、その彼は明らかに私のボートに向けて泳いでいるということだ。

私は想定される全可能性を模索する。確かな想定は覚悟と冷静さと度胸を生み出すと信じて。

1。水泳部員で、何らかの大会のための特訓?それにしてはフォームが不恰好だし、妙に必死だ・・・。
2。痴漢!?もしかしたら新たな痴漢のニュースタイルかっ!? ・・・・・・なんのこっちゃ。
3。海岸にいる遙たちに何かあって、それを伝えに来るための報告役?・・・じゃあ、何で泳ぐんだか・・・。

4。一番ありきたりで、あんましおもしろくない予想。
  罰ゲームであの島まで泳げと言われたけど、途中でかなり厳しくなって助けを求めてきた。

その他、多種多様な想定を完了する頃には、その彼はボートの脇に掴まっていた。
私は一応の保身を考え、オールを刀のように構える。

その彼はボートの端に掴まったまま、顔を上げる。・・・うん、まぁ・・・顔は悪くないセンだと思う。
そしてそのまま彼は、ボートに乗っていたのが私・・・つまりは年頃の娘だということに多少狼狽した後、

「・・・・・・助けてください」

・・・素敵に情けない台詞を吐いてくれた。

  

私は、そんな彼を見下ろしながら『これはこれでおもしろくなりそうだ』と、そんなことを考えては目を輝かせていた。

  

12.5

  

とりあえず、その情けない彼をボートに上げ、簡単に自己紹介と現状を話してもらう。

名前は七久保一郎で、親父さんにいぢめられてここまで泳いできた。
そんでもって体力が無くなってきた所に、この私のボートが見えたので助けてもらおうと思った。以上。

あまりのファーストインプレッションの情けなさに、ついついボートに上げてしまった私だが、何だかんだで警戒は怠ってはいない。
どんなことであれ、私は非力な女性であり、相手は男であることは常に念頭に置かねばならないのだ。
大げさかもしれないけど、七久保一郎という名自体が本名であるかどうかも私は疑っている。
別に怪しい意味はないけど、彼の体を見れば、バランスよく適度に締まった体をしていることに気づく。
スポーツマンというよりも、何かの格闘技をかじっているな、とまで私は推測した。

・・・・・・と、警戒はかなりしているものの、正直あんまり意味はないと思ってしまう。
というのも、明らかに彼自体からそういう雰囲気は全く感じられないからだ。
あるのは、ボートに乗せて貰った事の感謝と申し訳なさ、私が年頃の娘だということの緊張と甘い妄想だと思う。
顔は悪くないけど、ナンパには向いてなさそうな気がした。・・・言ったら図星だったようでかなり凹んでしまったけど。

「いやー、ホントに助かりましたよ。ありがとうございます」
「旅は道連れって言うからねー。気にしない気にしないー」
「ところで、何であの島を目指してたんです?女性一人が行くにはちょっと冒険ですよ?」
「その冒険がしたかったから、こーしてボート借りてがっしがし漕いでたわけなんだなー、ロマンだよ、ロマン〜」
「変わってますねぇ・・・」

それとない世間話をしつつ、オールを七久保君に漕がせる。
『せめてものお礼』と言った形で率先して漕ぎ始めちゃったのだ。

私はだいぶ楽になり、七久保君が勝手に漕いでいくのでボートはどんどん島へと近づいていく。
船員が増えてしまったエテモンキー2号はその速度をどんどん上げていった。

「あー、そういえば。名前、名前は何ていうんです?」

「・・・。・・・ひいらぎ、りん。漢字はそのまま柊の木の柊に、凛とした寒さ〜とかの凛ね」

言ってみて、私は何だかおもしろくてたまらなくなってきてしまった。頬が緩むので七久保君に背中を向ける。
飲食店の順番待ち用に考えてた偽名が、こんな時に使うことになるなんて、と思っては踊りたくなってきた。
この秘密を隠し通せることなんて、きっと今しか、今日しか出来ないに違いない。
きっとそれは、今までには有り得ないことだ。完全に非日常的な時間が始まろうとしているのだ。

「柊凛さん、ですか。あの、年は?」

見た目で自分よりも年下と分かるだろうに、きちんと丁寧語を使うあたりが彼の良さなのかもしれない。
なんてことを考えながら、私はさらに今日限りの偽りを重ね続ける。

「年は20!高校生に見えるだろうけど、これでも大学生なんだぞ七久保君〜」
「・・・意外でした・・・。正直、ずっと年下だと思ってましたよ」
「人は見た目に寄らないって奴だ〜。あ、しかもこれでも美大なんだぞー」
「へぇー、絵描きなんですか。それじゃ、柊さんは絵のモチーフ探しとかの為にあの島へ?」
「今さっき、『冒険がしたいから』って言ったじゃん〜。
 ・・・あーそうそう。呼ぶときは苗字じゃなくて名前でいいよ。凛で。みんなもそっちで言うからさー」

人と喋るのは大好きだが、今日のはまた全く違う方向で格別だった。
頬が緩むのを必死に押さえるなんて、いつぶりのことだろうか。

こうして、”我ら”の船は前進していく。
嘘まみれの女子高生と情けない青年という乗客と、硝子の靴のような一日限りの魔法を積んで。

    

13.

  

ふとしたきっかけで乗員が一人増えた船は、ようやく目標としていた島へと到着した。
我らが船、エテモンキー2号の上で仁王立ちし、私は思いっきりその島を指差す。

「我らの目標地点に着岸するぞー!よし、七久保隊員!錨(いかり)を下ろせー!!」
「そんなのはありませんって・・・」
「なにゅをー!?キャプテンの命令は絶対だぞー!?」
「凛さん、立ち上がると危ないですって。もうすぐ着きますから、座ってて下さいよ・・・」

どちらが年上なのか分からないような(実際には正しいのかもしれないけど)会話をしながら、船は沖へと上陸する。
人でごった返していない砂浜は、それだけで特別製にすら見えた。
上陸した途端に、飛び出すようにボートから砂浜へ降りる。
数時間前にも感じた砂浜の熱さを足の裏に感じた。

砂浜から見る島は、思っていた程度の大きさだった。一周するくらいなら、30分もいらないだろう。
周りは砂浜と岸壁で囲まれ、中心には小さい森があるといった所。

目を閉じて、深呼吸。
聞こえるのは、波の音と木々の擦れる音だけだった。

「・・・上陸ーっ!!」

ガッツポーズを添えて、誰宛てでもなく叫んでみる。
七久保君が「いちいち叫ぶ人だなぁ」的な視線で見ているのは何となく分かった。

「よっし、そんじゃあ七久保君の車のキーだかを探しに行こー!!」

こうして、二人の探検隊は海岸沿いを歩き始める。
少しずつだが、日は傾き始めていた。

  

13.5

  

立て札。

RPGとかによく出てくるあの『立て札』が、立ち尽くす私と七久保君の前に突っ立っていた。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

七久保君の車のキーだかを探し始めて5分で見つかった『それ』は、古木を組み合わせただけの簡単な代物だった。
黒の油性マーカーで書かれたと思われる文字は、素材の木自体が黒くて素敵に見づらい。
目を近づけて、書いてある言葉をじっくりと見ると・・・。

『my息子 一郎へ

  あと500m先の交差点を左です』

ばきっ!!

「・・・・・・・・・」
「無言で蹴り割るなー!!!」

脆い材木だったのか、七久保君の前蹴りで粉微塵と化す立て札。

「・・・すいません凛さん。ウチの親父、阿呆なんですよ・・・」
「は、はぁ・・・」
「親父の性格から考えると、多分、こんな立て札が他にも立ってると思います・・・。とりあえず、500m先に一つ」
「ら、らじゃー・・・」

背中を曲げ、”どよーん”と言った効果音が似合う足取りで先へ向かう七久保君。
確かに、おぼろげながら遠くに立て札っぽいものが見えなくも無い。

・・・とりあえず、分かったことは。

七久保君の親父さんは、私といい友達になれそうだということだけだった。

  

13.7

  

『お疲れ一郎。 次は300m先だ』

ばきぃ!!(後ろ回し蹴り)

『がんばれ一郎。 次はこの下50cmに埋めた』

ばきぃっ!!!(かかと下ろし)

『ナイス掘りっぷりだ一郎。 次は左に300000mm』

ずぼっ(掘り返した)、ばきぃー!!(上空アッパー) 

『書いてる俺も辛くなってきた。お前のために父は頑張ってるぞー。 ちなみに右200m』

ぴー、ずどばぁん!!(目からビーム)

「落ち着けっ!!何かヤバイの出たぞさっきー!?」
「凛さん、ホントすいません・・・。こんなことにつき合わせてしまって・・・」
「いんや、正直おもしろいから問題無〜し」

探索をまたもや再開する。

『2つの月が重なる時、裁きの台座に聖杯を掲げよ。さすれば深遠なる栄光を汝に与えん』

「すごいの出てきたー!!!!」

ばきぃ!!(裏拳)

粉砕する立て札を見届け、さらに先に目を向けると、そこには電飾つきの立て札が。

『おめでとう一郎。 最後に↓のスイッチをオン』

”↓”の方向に目を向けると、そこには旧式のラジカセが置いてあった。
七久保君より先に私がそのスイッチを押してしまう。

再生ボタンを押すと、がちっ、という音と共に中のカセットが動き出した。

『あーあー。マイクテス、マイクテスー。
 この録音テープを聴いているのは我が息子か?違うなら止めてくれると嬉しい。

 さて、ご苦労だった一郎。正直、2時間弱でこれだけのことをするのは洒落にならない苦労だった・・・。
 こうして試練を超えていくことで、お前は最強の探偵になれるに違いないと俺は確信している感じだ。

 さて、車のキーはそこらへんに落ちてるから拾って帰って来い。出来れば濡らすな。以上。

 ・・・ちなみに、お決まりの約束として。 このラジカセは自動的に爆発する!!!!』

「なにゅぅー!?」
「凛さん、危ない!!」

いきなり飛び掛ってきた七久保君に突き飛ばされる私。その上に七久保君が盾のように覆いかぶさった。

・・・その、一応私も年頃なわけで。その、ここまで男性(しかも半裸)と密着したことなんてないわけで。
いや、だから、その、ね、ねぇ?

危機的状況にも関わらず、私は全く別の方向で狼狽しまくる。

「(ええーと、ああっと、あ、あれだ。こーゆー時は深呼吸とか精神統一とかマインドコントロールだ、うん。ってマインドコントロールは洗脳じゃん違うじゃんっていうかそーゆーことを考えてる場合じゃないぞ私今にも迫ってきそうな胸板に乙女の心はヒートアップだか胸きゅんとか色々なわけで危機的状況なんだ遠野有希!とりあえず落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け餅つけ浅漬け柴漬け勘定はツケで今日付けで部署入りした島村君だ仲良くしてくれたまえはっはっは)」

狼狽を飛び越え、どこか変な世界にトリップする私を置いて、時間は勝手に進んでいる。
数秒間の沈黙は色んな意味で永遠に感じた。

「・・・・・・ん?」
「(部長がお好きな紫色の菓子でございます越後屋お主もワルじゃのうひょっひょっひょいえいえお代官様にはかないませんわ)」

変な違和感に七久保君が離れる。私の何かを吹っ飛んだ妄想はこれにて終わる。

『・・・・・・・・・逃げたか!?逃げたか一郎!?

 くっくっくっく、爆発なんてするわけないだろー!? 絶対、後で逃げたかどうか確かめ』

げしげしげしっ!!!

容赦のないローキックで停止するラジカセ。七久保君の後ろ頭に怒りマークが見える気がする。
数十発程度のローキックの間、私は冷静を取り戻そうと必死になっていた。

・・・・・・・・・

ちなみに、車のキーはホントにそこらへんに落ちていた。

      

14.

  

夕暮れの浜辺に波が打ち寄せる。
太古の昔から幾度となく繰り返されたであろう悠久のリズムは、立ち尽くす私たちに何も与えてはくれないようだ。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

茜色に染まる空を二人で見つめ、どちらも一言も話すことなく、ただ座っていた。
運ばれた潮風が、私の髪をゆるやかに揺らした。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

私たちは、砂浜に打ちあがったと思われる大岩の上で座っていた。
固い感触に若干痛みはあるが、別段そんなことを気にはしない。

問題は、この下。

数時間前まで砂浜だった所は、波打ち寄せる海へと変貌していた。
簡単に言えば、潮が満ちたらしい。

  

「ボート・・・。流されてますね・・・」
「・・・・・・・・・相棒ぅぅー!!!!」

  

沈み始めた夕日は、ひたすらに紅く空を染め上げている。
茜色の空の下、私と七久保君は非常に重たい溜息をついていた。

  

14.5

  

別段理由も無く、岩の端に座り、足を海水につけたり離したりしてみる。
蹴り上げれば、海水の飛沫は夕日に照らされ、茜色にきらきら光って踊った。

「さー。これからどうしよっか?」
「・・・どうしましょうか・・・」

ボートが流されたことで帰る手段が無くなってしまったわけだけど、お互いに取り乱しはしなかった。
慣れているのか神経が図太いのかは分からないけど、パニックになるようは百倍いい。

実際問題、前もって場所は連絡してるし、海水浴場からはそんなに遠くないので助けは勝手に来ると確信している。
あとはボートを失った責任問題だけど、これもお互いのミスなのでご破算。

そんなこんなで、現状把握、今後の状態を把握しきった私たちが成すべき事は。

「・・・やることないね・・・」
「・・・・・・ありませんね・・・」

助けが来るまでの時間、それまでの暇潰しを考えることだった。

      

  

15.

  

空の茜色は、そろそろ黒に変わろうとしていた。
そんな黄昏時をぼんやり見つめながら、私たちは砂浜に腰掛けている。
夕日によって形作られた影法師は長く伸び上がっていた。波音は静かに響いている。

「そういえば、さっきのテープで『お前が最強の探偵に〜』みたいなこと言ってたけど・・・。
 七久保君って、もしかして探偵だったりする?」
「いや、まぁ・・・半人前ですけどね」

暇で暇で仕方がなくなってしまった私たちは、その暇を雑談で埋めることにした。
というか、それ以外やることが無いとも言えなくも無いんだけど・・・。

「うわ〜!探偵!!めくるめく陰謀、待ち受ける謎!!そして決めのセリフは『犯人はこの中にいる!』
 心底羨ましいぞ七久保君!」
「ああー。・・・凛さん、夢を壊すようで悪いんですけど、そういう話は一切ありませんよ・・・」
「ええー!?犯罪時刻を操作するようなアリバイトリックだとか、高笑いする怪盗を捕まえるために躍起になったりとかは!?」
「まずありえませんよ・・・」
「トレンチコートは!?葉巻は!?『ワトソン君』は!?あ、もしかしたら七久保君がワトソン君ポジション・・・」
「凛さん・・・。ですから、そういうことは一切ありませんって・・・」
「そ、そんな・・・っ!じゃ、じゃあ何やってんのさ!?」
「浮気調査とか・・・」
「も、燃えねぇぇー!!!」
「しくしくしく・・・」

私の中の『THE・探偵像』が砕けていくものの、こういう特殊な業界話は聞いててやっぱり楽しい。
”また賢くなれた感”といった感じもしれない。

「でも、何かいいなぁ・・・。探偵かぁ・・・」
「そうですか?正直、地味な仕事が多いですよ?」
「そう言いながらも、七久保君は探偵やってるんでしょ?やっぱり何かの楽しさとか、充実感とかあるだろー?」
「・・・そう、ですね・・・」

少しトーンダウンした七久保君は、茜色の空を見つめて少し遠い目をした。
浮かべた笑顔が、どこか寂しげだった。

「俺の場合は・・・。どっちかと言えば自己鍛錬とか、そういうモノでやってますよ。探偵」
「鍛錬〜?何で?」
「ちょっと昔に、ちょっとしたことがありまして・・・。自分の力無さを感じたと言いますか・・・、まぁそんな感じです」

笑みは絶やさないが、どこか悲しげな部分が見え隠れする口調に私自身がトーンダウンする。
・・・あまり触れられたくない部分なのかもしれない。

「へぇ・・・。・・・あ、七久保君のとこってアルバイトとか募集してたりする?」
「え?アルバイトですか?」
「そ。折角バイトするなら、そういう特殊な所でやってみたくてさ〜」
「今の所は募集してないですね・・・。というか、経営自体が危ないんで雇う資金がないというか」
「ふーむ。そんじゃ、時給100円でいいぞ?どうだー!?」
「ものすごい労働基準法違反じゃないですか・・・。それじゃ全然稼げませんよ?」
「いーのいーの。探偵なんていう超特殊なことが出来るだけで、あたしは大満足だー!」
「は、はぁ・・・。でもいいんですか?大学とかあるじゃないですか?」
「はへ?」

七久保君に言われて、”自分は大学生だ”と言ってしまっていることを再確認する。

「(あー、そういやあたしは、実際は受験生なんでアルバイトなんてしてる暇ないじゃん・・・)」

その場の勢いで喋ってしまったことに少し反省する。

「あー、確かに大学の講義とかあるからちょっと無理かもー。うーん、惜しいなぁ・・・」
「そうですか・・・。それにしても、凛さんって変わってますね。『時給100円でもいい』なんて」
「んんー。いやさ、あたしは色々としたことがしたいだけなんだよね。好奇心って言うのかな?そんなとこ〜」
「凛さんって、好奇心旺盛なんですね」
「そうだね〜。よく遙・・・友達に言われるよ〜」

今度は、私が夕日を見ながらたそがれる番だった。

「ああ〜、何でタイムマシンってのは無いんだろうね〜」
「・・・?」

私の突然の変なセリフにきょとんとする七久保君。

「『あの時、アレをしていれば今の私は変わってたかもしれない』とかって結構思うことあるじゃん?
 タイムマシンに乗って、昔に行ければ何とかなるのにねー」
「え、ええ・・・」
「ピアノを習ってれば、もしかしたらピアニストになってたかもしれないし、あの時あの行動をしたら、憧れの彼をゲット出来たかもしれない。そんな可能性ってのは一杯あったはずなんだよね〜」
「そ、そうですね・・・」
「でもやっぱり、過去に戻ってもやっぱり私はピアノが弾けないだろうし、未だに彼氏無しなんだと思うんだよね。
 あたしは・・・っていうか誰もが、その現状において自分のベストな選択をしているわけだし、その結果としてみんな同じになるっていうかさ・・・。
 そもそも、あたしはピアノが弾けなくて彼氏無しであることで”私”を形成しているわけで、ピアノが弾けたらそれは別人なんじゃないかとか、そんな感じだし・・・。
 ・・・・・・あー、やっぱりいらないや、タイムマシン」
「意見が変わるの早いですね・・・」
「これが成長ってものさー。そーゆーことで、私はいつでも悔いの残らないように、常に全力で人生を楽しもうとしているわけなのだよ。だからこその好奇心ってやつだねー」
「さっぱり訳が分かりませんが・・・まぁいいです・・・」
「そう、あたし以外にとっては果てしなくどうでもいいことなのだよ」

夕日はそろそろ沈もうとしている。海は茜色から闇色に変わろうとしている。
会話も何となく止まり、波の音だけが辺りに響く。

その光景はとても幻想的で、自然の美しさそのものといった風景だった。
この景色を記憶に焼きつけて、後で絵として描こう。

そしてそれ以上に、この場この時に私と彼がいるという偶然を記憶に残そう。そう思う。

二人に流れる静寂は、どこか暖かく、どこか寂しげだった。

・・・・・・・

しばらくすると、遠くからエンジン音が小さく聞こえてきた。
目を凝らすと、こちらに近づいてくるエンジン付きのボートが見える。

この場限りの魔法が終わり、『柊凛』が『遠野有希』に戻る時間は、鈍い駆動音を響かせながら近づいていた。

   

16.

  

到着したのは、七久保君の親父さんだけだった。
七久保君を年取らせて、”ナイスミドル指数”を限界まで吊り上げたような親父さんは、ラジカセで聞いた通りの声で話しかけてきた。

「まったく情けないな一郎。泳いで戻って来れないとは・・・」
「・・・・・・」

ひゅん、ぱしっ。

いきなりの七久保君のハイキック(全力)を平然と片手で受け止める七久保親父さん。
まったく表情が崩れないのが実にカッコイイ。

「しかし、浜辺でさんざん失敗したくせに、こんな孤島でレディをゲットするとはな。一郎、お父さんは嬉しいぞ」
「いや、柊さんとはそういうんじゃないんだけどな・・・」

簡単に説明する。

「ふむ・・・。やっぱり情けないな一郎。戻ったら地獄の鍛錬メニューを1.5倍だな」
「ソ、ソレダケハ、ソレダケハヤメテクダサイ・・・」

急にガタガタ震えだす七久保君。一体どんなことをされているのか非常に気になる所だ。乙女として。

「まぁいい。さて、そこのお嬢さん?乗り心地はお世辞にも良くはないですが、どうぞボートへ」
「あ〜・・・。いや、いいです。多分、そろそろあたしの連れも来るでしょうし。あたしが居なかったら逆に心配させちゃうわけですし」
「ふむ・・・。この頃に珍しい、よく出来たお嬢さんだ」
「いやぁ〜、それほどのモノですよ」
「はっはっは」
「あははは」

やっぱりこの親父さんは私と気が合うんだろうなぁ、とか思っていた時に、遠くからエンジン音が近づいていた。
それは、私と七久保君との別れを意味していた。

「さて。あたしの方も迎えがやっと来たみたいなんで、そっち乗ります。・・・ああ、そうそう七久保君」
「何ですか?」

ここで、今までの嘘をばらしてしまおうと思ったけど、何となくやめた。
ばらすのは、次にどこかで会えた時にでもしよう。そうすれば、どこかで会える気もした。

だから、今はまだ。

「今度会ったら、七久保君好みの子を紹介してあげるからね〜。七久保君はどっちかと言えば”守ってあげたい”系が好きなんだと思うんだよね〜」
「実にその通りですよお嬢さん」
「親父が答えるな!!」
「あははっ。んじゃ、もしもどこかで会えて、それでいて憶えてたら紹介してあげるね〜。人見知りはするわ真面目すぎるわポニーテールだわで色々な子だけど、悪くは無いはずだからね」
「はい、それじゃあ期待しておきますよ」

七久保親子がボートに乗る。私のお迎えはそろそろ到着するところだった。

「それじゃ凛さん。また会えたら」
「んむっ。受験がんばれよ〜!」
「それではお嬢さん、またどこかで。・・・ああそうそう。貴方のお母さんに『一真さんは元気です』と伝えておいてくれるとありがたい。・・・それでは遠野有希さん。今度会えた日はコーヒーでも飲みましょう」
「え・・・・・・」

親父さんは言い切ると同時にエンジンをかけて、すぐさま岸から離れていった。
謎と一緒に残された私は、母さんに後で聞いてみることにしようと思うことだけにした。

七久保親子の乗ったボートが小さくなっていく。
それをしばらく見送っていると、その横で遙とちーちゃんが着岸し、浜辺に降り立っていた。

  

16.5

  

相変わらずの、人見知りで真面目でポニーテールで”守ってあげたい”系の幼馴染は私を見つけ、立ち尽くしていた。
その相変わらずの幼馴染に、私は相変わらずの笑顔で答える。

「いよう〜。出迎えご苦労〜」
「・・・・・・・・」

幼馴染は、喜ぶべきか怒るべきか呆れるべきか、そんな複雑な表情で私を見つめている。
そんな遙は、”やっとの思いで”といった感じで言葉を紡ぐ。

「・・・心配、したんだから」
「んむ」
「全然帰ってこないし、連絡もないし・・・もしかしたら溺れちゃったんじゃないかとか思ったんだから・・・」
「ん」
「・・・・・・・・・」

結局、この幼馴染は最終的に涙を浮かべることを選択していた。

「・・・・・・ばかぁ・・・」

距離を置いた所で肩をすくめるちーちゃんを横目に。
私は、怒りながら喜んで呆れながら、私のために泣いている幼馴染の頭を撫でるだけだった。

  

17.

  

澄んだ夏の夜空の下、私たちを乗せた車は走っていく。
助手席の私と運転手のちーちゃん以外は、疲労からか後部座席で眠ってしまっている。
行きとは打って変わって平和な車内には静かなクラシックが流れていた。

「楽しかったわね」
「うん」

今日は本当に楽しかった。ただ、シンプルにそれだけを思う。

「あ・・・、有希ちゃん。ほら、花火・・・」
「お〜・・・」

ちーちゃんが指差す先を見れば、フロントガラス越しの夜空に花火が踊っていた。
闇夜に咲く大輪の花が作り出す光は、辺りを照らしては消えていく。

「・・・・・・・・・」

そう、こういうことなのだ。きっと、『感動』というものはこういうものなのだ。
何かが内から溢れ出るような、この衝動を人は感動と言うのだ。

「・・・楽しかったわね」
「うむっ!!」

私たちを乗せた車は花火舞う闇夜を走っていく。
巻き上げられた潮風は、夏の空へと舞い上がっていった。

  

≪終わり≫

  


≪どうでもいい後書き≫

後書きなんて書くのはいつぶりだろうか・・・(うっとり)
ということで、こんなに適当で投げやりな文章を読んでくださってありがとうございます。
ダルい感じで後書きを書きます。

連載小説をやろう、と思い立ったのが2月ごろ。終わったのが5月7日の今日。
たったの35000字程度の小説なのに、時間かかりまくりですねー(汗)
文章表現とかも日によってかなりまちまちになってますし。しょんぼり。

話の構成は、書きながら考えてました。原作はきちんと構成を考えてから書いていたのですけどね。
携帯電話で書いたプロットのメモには『海シーン:だばだば。』としか書いてませんでしたし(笑)
きちんと考えてから書いた方が、結果的に楽だってことは何とか理解したので次回に生かすとか生かさないとかです。

内容は・・・本作『星空』を楽しんだ方用といったアナザーストーリーですね。
作為的に本作と同じような文章を使ったりしている部分が結構あったりするのですが、気づくのは私だけだと踏んでいます(何)
やりたい放題させていただきました。ひゃっほぅ。

この小説でやりたかったことは、緒方七穂のスクール水着と(何)有希さんと一浪くんのやり取りでしょうか。
本作では『ありえない』故にやってみたかったのですよ。うまーく、本作に影響しないようにするのが大変でしたけどね(笑)

さて、それじゃこれにて連載小説1発目は終了です。2発目は・・・モニターの前のキミの応援次第で考えます(何)